その人は、慶應義塾大学を卒業した後、大手広告代理店に勤める事になりました。


そこで営業職を経て、経理職に移り、会社の海外支社に出向いては内部監査の仕事をしていたそうです。

いわゆるエリート街道です。



『内部監査の仕事はねえ、あんまりみんなから良い様に受け入れられないんだよ。』とその人はいいました。


『それはそうでしょうね。』と私は答えました。


内部監査なんて、その会社の実態がクリーンであることを証明するのだから、やましい事がなければ恐れる事もなく、質を担保することを考えれば、当然の仕事とも思えるのですが、海外支社に監査のため出向いたその人は、支社の人たちから良いように受け入れてもらえなかったようです。


人生の光と陰を垣間見た気がしました。



私はいま、個人的な勉強も兼ねて、特別養護老人ホームでケアワーカーとして働く日があります。


その人とは、車椅子に乗った高齢者で、そのホームの利用者でもあります。


ある晴れた日に、私がその人(本来、その方とお呼びするべきですが)をホームの屋外に誘導して、日向ぼっこをしているときに何気なく聞いてみた質問から、その人の過去の経緯を知ることになったのです。


『○○さんは、若いときお仕事何されていたんですか?』


『△△(大手広告代理店)に勤めてたんだよ』


※介護職には守秘義務があるので、個人とわかってしまうような事は言えないので、どこのホームであるか、また、その人のことを詳しく書き記すわけにはいかないのですが、少し脚色しておりますので、ご了承ください。


私は、三流大学出ですし、大手広告代理店に勤めたこともないけれど、名前を聞けば誰もが知っている(羨む?)経歴は、その人の華やかな光の時代だったことを想像させます。


しかし、その人がこなしてきた会社での仕事は、大変過酷で、どちらかと言えば羨ましいものではなく、一生懸命働いてきた末の老後は、家族と離れた老人ホームでの車椅子生活です。

聞けば、奥様は今は自宅で元気に暮らしていらっしゃるとの事。

本人は、時折、腰痛を訴えながら、箱(老人ホーム)の中で自由の少ない生活を余儀なくされています。


その人の華やかな時代を光と例えるなら、いまを過ごす老後は陰なのか、利用者とワーカーという間柄で、そんな風に例えるのは良くない事かもしれませんが、その人を含めてホームに入所している利用者から、『いまが幸せ』という言葉を聞いたことがありません。それでも『ありがとう』という言葉は頻繁に聞くような気がします。


今日は二つの死の報道が世間を驚かせました。


現職の農林水産大臣の自殺と、かつてヒットチャートを賑わせていた人気音楽グループのボーカルの転落死。


新たな人生の光と陰を目撃した一国民の悲哀なるコラムでした。