劇団ひとり著書で、「陰日向に咲く」という本を、以前、嫁から勧められ今読んでいるところです。
ベストセラーになっているので、多くの方が読まれているかと思いますが、私は今頃読んでいます。
例の如く、本の紹介や内容の詳細はしない私なのですが(ネタばらししたくないのもあって)、この「陰日向」ということばについて、チョット考えていました。
「陰日向」を辞書で引くと、①日の当たらない場所と日の当たる場所、②人の見ている所と見ていない所とで言行が違うこと、とあります。(岩波国語辞典より引用)
使われる言い回しとしては、「陰日向のある人」というマイナスイメージの言葉もあれば、「陰日向なく働く」や「陰日向になって働く」というプラスのイメージの言葉もあります。
何をチョット考えたのかというと、人は皆、世の中のために陰日向となって働いているんだなあと思うからです。日向の活動ほど評価に値するものはありませんが、多くの人のその殆どが陰の働きが多いのではないでしょうか?陰の部分は評価されにくいし、人に伝わることも少なくありません。
陰の働きをしていく上で人々がモチベーションを保っているのは、きっとそれぞれ信念を持っているからだと思います。
私は福祉の仕事を長くやってきて、様々な現場を見て、そう思ってやってきました。
福祉の仕事は、陰の働きの部分が多いように感じます。
今日は休日だったので、溜め撮りしていた映画を観ていたのですが、そのひとつに、キャメロン・ディアス主演の「イン・ハー・シューズ」を観ていて(これもいまさらですが)、キャメロン・ディアス演じる主人公(アバズレな女性)が老人ホームで働くようになって自分を見つめ直すという話しにも触発されました。
映画のシーンの中で、「人の世話をするということは大変なことだ」みたいな台詞(うる覚え)があって、「働く事は生きることだ」みたいな台詞(これもうる覚え)には、改めて、日常の生活を送る上での大変さや苦労を和らげてくれる言葉として印象に残りました。
もっとも改心するべき悪事を働いてきたわけではないのですが、明日の生き方を強く意識する機会でもありました。
失敗もあり、またその失敗を忘れさせてくれるくらいの嬉しい楽しいこともたまにあります。
陰の活動に精を出して、日向の出来事が増えるようにしていきたいですね。