ずっと、前に書いていたけど、ずっと保存したままだった。
繊細な話だし、自分のいやな過去の話でもあるし。。
でも、私が言えることを書こうと思った。。
何で鏡を見るのがイヤかと言うと・・・鏡みると、自分が見えるから。
直視できないんです。(今はずいぶんなれたけど。。)
「へぇ~何、鏡見てるの」なんて思われるのがいやだから。
私へのいじめは無視だったので人格否定です。
そこにいるのに、いないってフリをされるわけです。
生きてて、こんなにつらいこと、ないです。(私の場合ね)
ひどい言葉で、傷つく子もいます。直接心を傷つける暴力ですから。
その言葉も、そこにいる人の存在を否定しています。
言葉も無視も、ものすごい傷つきます。
存在するのに、存在していない。そこには自分がいないんです。
つらかったです。本当に。
母に言えなかった。
言えませんよ。
自分を生んでくれた母に、自分の親に。
自分の口からなんて。
学校でそういう存在になってしまった自分のことを、自分の口で親に言う。
自分の存在を否定されてることを自分で言うことは、想像以上にきついもんです。
私(あなたの娘)は、学校で存在を否定されてると言えなかった。
だから、簡単に、「なんで親に言わない」とか、「なんで誰かに相談しない」とか言わないでほしい。。
言えることなら言ってますって。
言えないから、苦しんでる。
自分の存在を否定されてることを自分で平気で言える人っているのかな。
いないと私は思う。
だから、選択肢がなかった子供のニュースが流れるたびに胸がいたい・・・。
石原都知事の言葉もわかる。
世界中からいじめられたと言った、オノ・ヨーコの言葉もわかる。
でも、世界中を敵に回すだけの主張(強さ)があったんだし、それを分かち合える人がいた。。。
国を相手に批判する、公人だし、作家でもある人だからいえる。
強いんですよ。
だけど、ピューリッツア賞を受賞しながらも、世界中から非難されて亡くなったカメラマンもいる。
物事を受け止める心は、年齢とか、職業とか、関係ない。
大人だから強いというわけではない。。感じ方は人それぞれだから。
今、本当に声に出せない悲鳴を上げている子供たちにとっては、
大人になってどうのでもなく、誰かと戦うことでもなく
学校というとても小さな世界の中で、
自分という存在が否定されていることを、自分の口から親にいえない、それに苦しんでる。
今、目の前にある時間、その瀬戸際にいる。
夜寝たら、明日学校があって、行けばまた・・・。
【今】をどうすればいいのか。【明日】をどうすればいいのかを
悩んでる子に、将来、どうなればいい。とか言うのは、ちがう。
いじめにあったとき、母にいえなかったけど、バレてしまいました。
学校から帰って、玄関にかばんを投げつけ、大泣きしたんです。
それが私の限界だった。
母は、私を責めるでも、否定するでもなく、
すぐに学校に話にいってくれました。姉も行ってくれた。
そして、私に詳しく事情を聞いて、相談にのってくれて、打開するヒントをくれました。
その結果、じょじょに状況は緩和されていった。
子供たちへ
親、姉妹、親戚、他人、分かってくれる人は必ずいます。
自分でできる精一杯のサインをだしてください。
私みたいに、かばんなげつけてもいいし、学校を休んでもいい。。
自分にできる精一杯のサインを。。勇気を出して、そのサインを出して。
大人の人たちへ
特に親御さん、自分の子供のちょっとした変化を見逃さないでほしいです。
絶対、何かサインがあるものです。
大人になって母から聞いたんですけど、
母は、私たちが(姉と私ね)のドアを開けた感じで
「何かあった」
とわかったそう。
姉の場合、「ただいま」しか言わないで部屋に行っちゃったりしたとき。
私は、何でもすぐに分かってしまいますね。
子供は子供なりに、親にいえないことはガマンしようとします。
遠慮でもなく、突っ込まれたら返答にこまることというか。
(大人になった状況でもあります。
リストラされた人にとっては「最近仕事どう?」という質問は、苦しいですよね。相手は返答に困るでしょう。。)
口数が減る。
笑顔が減る。
ごはんのとき以外は自分の部屋ですごす。
話題はあたりさわりのないこと。
学校のことを突っ込まれることを避けたいから。
もちろん、取り越し苦労かもしれません。
だけど、いじめは、誰にでも起こりえることです。
そして、もしもそういう(いじめられている)状況がわかったら、
どうか、学校以外の居場所を見つけてあげてください。。。
私は、自分がいじめられていたことを、誰も知らない場所にいきたかった。
とにかく、誰も私の過去をしらないところに行きたかった。
自由になりたかった。
進学した工芸高校は、東京都全土からこれる学校だったので、
そういう意味で、進路としても、自分の居場所としてもこれ以上の学校はなかったですね。
でも、一つ・・・問題が。。。
同じ学校から受けた子が、私をいじめてた子だったんです。
それも、同じ課で。
(同じ課になると3年間同じくらす。そんなの私には地獄です)
こんなイヤな話はなかったですよ。
でも、奇跡(?)が起こったんですよ。
その年の都立学校の回答率がよく、合格ラインが上がったのですが、
勉強嫌いの私が、なぜか受験時に1番いい成績を取り、、、
合格発表の日、なぜか、彼女の番号に括弧が・・・。
??と思ったら、補欠合格。。
心の中では、彼女には滑り止めに行ってほしかった。
私が高校で何かで目立ったときに、
「あの子、中学のときいじめられていたんだよ」とか言われるのがほんとうに怖かったから。
でも、
彼女は他の課を選び、私は希望通りの課に。
彼女とは、その後とくに何もなく、それでよかったんだって思いました。
最初から強い人間なんていない。私がそうだったからわかる。。
いろんな経験したから、つらい思いも、
楽しい思いもした結果として今、強い私になった。
足の仕事が、私に少しずつ自信をつけてくれていろんな面で支えになってくれてる。。
でも、普通の写真撮るのも、カメラに笑顔を向けるのはいまだに、ニガテです。
中学時代のあのとき、私にできたのは、カバンを投げつけて泣くことだった。
悲しくって悔しくってわけわかんなく無意識にしてたことだけど、それで状況を変えることができた。
道はひとつではないよ。
ただ、その道をみつけるのは、一人ではできないこともあるということを心に留めておいて。