夏前くらいかな、「足タレさんは、なんでそんなに強いの?」と

知り合いの男性に言われたことがありました。



自分では、そんなに強くないってずっと思っていたんだけど、

今の私は、「強い」そうです。



今年の夏、姉から

【なんだかんだ言って、○○は強いよ。普通、社会に出れば会社(組織)ってそんなもんよね~、

 仕方ないよねってなるのに、○○はかたくなに、おかしいものはおかしい、違うものは違うって貫くもんね。。。】



逆を言えば【不器用だけどね】

ということでもあるけど、姉にそういわれたことなかったから、実は泣きそうだった。



同じことを、親友にも言われたことがあった。


【大人になれば長いものには巻かれろ的になっていくけど、○○○○にはないもん。

 それって、なかなかできないことだょ。大事だよ。これからもなくさないでほしい】



って。親友だって、強いし、姉だって強いんですよ。



私自身が【強いな】と思っている人から、強いと言われる。

不思議だけど、この強さは、心の傷を受けたからこそ育ったんだと思う。



なぜ、この話をするかというと


いじめをうけてからずっと、いじめを相談できずに、道を選んでしまう子の報道を見るたびに

メディアがこぞって、「なんで相談をしないのか?」とか「親にいえないのか」

というのを聞いていて、



【そうじゃないんだよ】

と思ってきたんです。


そして、ここにきて、本当に「いじめ」の話の機会がこわいくらいに増えてしまった。。

だから、あえて今回、書いてみました。。。




私のことを最初に【強いですよ】と言ってくれたのは、カウンセリングの先生です。


言われたその場でぼーぼー泣きました。

自分が弱いからだと思っていたんで、思ってもみない言葉だった。


私にも【強さ】があるんだって知ったから。




カウンセリングを選んだのは、

自分の悩みは、親でも、姉でも、友達に話しても、

自分が納得のいく答えは見つからないと本能的にわかったから。



トラウマ(何か言葉としては違う気がする)の一つは、人間不信。

ものすごく社交的なのに、心の奥底ではいつか裏切られるかも。という恐怖を抱えてた。


これは、当時、一番仲のよかった女の子が、手の平をかえされたようにいじめる側にいってしまったんです。

きつかった。

好きな先輩の話を書いた交換日記を向こうに持たれたままだったんで(それをネタにいじめが加速するんじゃないかと ・・・。



今考えれば、彼女にとっては狭い社会での自己防衛で、それしか選択の余地はなかったのかもね。

でも、心から信頼してた人に裏切られたのは、本当にショックで、人間ってこんなに簡単に裏切れるものか。


と、子供ながらに思いました。



無視されるいじめじたいも、きつかったけど、

この親友(だと思っていた)に裏切られたことが1番きつかった。



人を信じられなくなった私と、今の自分は別人。

本当の自分じゃないってずっと思ってた。


いじめのせいで、いろんなことがうまくいかないんだ。

と。



でも、そうじゃなかった。。。



だけど、あるとき、自分がうすうす感じていたことを、男の親友にズバリ言い当てられて



【もう逃げられないや】



と思って・・・

自分と折り合いをつけるために自分から受けに行ったんです。



その頃の私は、自分に自信がなかった。

鏡を見るのがいやだった。。



足タレを始めたことで、内面に変化はありましたけど、とにかく人を信じても、もしかしたら・・・

という思い(恐怖があって)自信がなかったです。