なんでも、昨年9月に都内の大学生達が三宅島で飲酒運転。

電柱に衝突して同乗していた大学生6人が重軽傷を負い、
運転していた女子学生と同乗していた学生の計8人が道交法違反(酒気帯び運転同乗)容疑で書類送検されたという事件があったらしい。
 
 
彼らは早稲田大学のダイビングサークルの部員で、合宿で三宅島を訪れていたという。
この日が合宿最終日で、早朝5時頃から飲んでいたといい、港に向かう途中で事故を起こした。
 

 このダイビングサークルというのは、毎年のように三宅島に来ているとのことである。

そういえば、僕が三宅島に住んでいた2017年頃、とある早稲田のダイビングサークルの連中が三宅島に向かう船の中で大騒ぎしていたなんてことを聞いたが、ひょっとしたら彼らだったのかもしれない。
3年も経っているのだから、部員の顔ぶれはすっかり替わっているに違いないが、
お騒がせものの伝統はしっかりと受け継がれているようだ。
 
僕は早稲田大学の出身でもあるので、こんなことで早稲田と三宅島が話題になってしまうのはとても悲しい。
 
 

実施されるかどうかがそもそも不安だが、東京オリンピックの聖火リレーが3月25日から始まる。

聖火は全国を回った後、7月9日からは開催地東京の全ての自治体を回るのだそうだ。

全自治体ということは、島嶼部にあるにある9つの自治体も回るということである。

 

先日、東京都の詳細スケジュールが発表された。

東京都内では、世田谷区の駒沢オリンピック公園をスタートとし、西に向かい多摩地域を巡る。

聖火が三宅島に上陸するのは7月15日。

この日は調布市の深大寺から調布駅まで走った後、三宅島に向かう。

 

 

三宅島では、阿古体育館をスタートし、錆ヶ浜港ここぽーとがゴールとなる。

 

 

その次は神津島だという。

式根島や走るということは、自治体に限らず有人島は全て回るようだ。

 

調布駅から三宅島へは、おそらく調布飛行場から飛行機かヘリコプターを使うのだろう。

三宅島から神津島へは船だろうか?

 

一説には、島には先に種火を予め運んでおき、本土でトーチを消すと同時に島で点火する「瞬間移動」の手法を用いるともいう。

確かに小笠原だと聖火を運ぶだけで24時間かかるわけだから、効率が悪い。

 

ちなみに小笠原に聖火が行くのは7月16日。

御蔵島→八丈島→青ヶ島と巡ってから、父島→母島を経て、三鷹市→武蔵野と本土に戻る。

しかも、青ヶ島のゴールが13:42で、父島のスタートが14:15だから自衛隊のジェット機を使っても間に合わない。

母島のゴール15:03で、三鷹市のスタート15:35も不可能だ。

瞬間移動というのもある意味仕方がないことなのかもしれない。

 

 

もし、三宅島にいれば僕も聖火リレーを見に行っていただろう。

代わりに地元の自治体の聖火リレーを見に行こうか…。

この火が三宅島にも繋がっているのだと考えれば、感慨深いに違いない。

 

 

 

 

 

 
久しぶりに三宅島に関するニュースを聞いた。
2月15日朝、三宅島の海岸に大量の魚が打ち上げられていたというのだ。
 
 
こんなことは僕が知る限り初めてである。
なんとも不気味なことだ。
2月13日に東北地方でマグニチュード7.1の大きな地震が発生し、三宅島も震度2を記録したが、
果たしてそれと関連があるのだろうか。
 
いや、それ以上に三宅島の噴火の予兆ではないのかが、心配になってくる。
例えば、地熱が高まったことと何か関係があるのではないか。
近年、三宅島では地熱が高くなっており、例えばカエルが冬眠をしなくなったなんて話を聞く。
前回の2000年噴火の直前にも地熱が高くなり、散歩中の犬が熱がったなんてことがあったそうだ。
そうでなくとも、すでに前回の噴火から21年が経っている。
1940年、62年、83年、2000年とだいたい20年おきに噴火していることを考えると、そろそろなのかもしれない。

追伸:

高波で海岸に近づかないようにとの村内放送があったらしいが、大勢の人が魚を取りに行ったらしい。
個人的には原因が不明なので食べるのは恐いようにも思うのだが…。
なお、翌日には高波が魚たちをもとの海に戻してしまったとの話である。
 
 

 

 

先日、京王線の高幡不動駅を利用した際、何気なく駅蕎麦「高幡そば」の券売機を見た。

すると、メニューに「明日葉天」があるではないか!!
 

明日葉というと、伊豆諸島などに自生している野草で、
いわば島のソウルフード。
僕も三宅島在住時には毎日のように食べていた。
ここ本土でも時折スーパーでみかけるが、島だとそこらじゅうに生えているので、なんだか高級品に感じてしまう。
 
ともかく、駅そばのメニューにあるなら、これは食うしかないだろう。
 
 
うどんとそばがメニューにあったが、僕は暖かいそばにした。
 
 
すぐに出てきたのが、コレ。
 
 
島では明日葉は新芽を食べるが、さすがに本土ではそうはいかないようで明日葉は歯応えもしっかりしていた。
それでも懐かしい、これぞ島の味だ!!
 
「高幡そば」の定番メニューであるなら、これからも時々はここに来て
明日葉天を食べたいと思う。
 
 
しかし、なんでまた、高幡不動と明日葉なのだろうか?
確かに島に行く飛行機は、同じ京王線沿線の調布の飛行場から飛んでいるが…
謎である。

久しぶりに竹芝桟橋へ出かけた。

浜松町駅を出て、以前のように竹芝桟橋へ向かうと、見慣れない建物(?)を見つけた。
上へ昇るエスカレータがついている。
 
 
新しく出来た空中歩行者デッキだ。
 
 
歩道が、竹芝桟橋の方へ向かって延びている。
 
 
これなら一度も信号待ちをしないで竹芝桟橋へ行けるではないか!
 
竹芝桟橋へ到着。
 
 
待合室も綺麗になっているではないか。
ソファーも新しくなっている。
 
 
東京愛らんどカフェで夕食。
 
 
島ハイボールに…
 
 
メダイのカツカレーなど。
 
 
今回、竹芝桟橋を訪ねたのには理由があった。
今年の3月に就航した、三代目さるびあ丸。
実は僕はまだ見たことがなかったので、一度見てみたいと思ったのである。
 
 
ちょうど今の時期はさるびあ丸は、竹芝桟橋に入港する前に横浜にも寄ることになっている。
そんなこともあって、さるびあ丸は19時45分入港だという。
しばらく待っていると、その姿が見えてきた。
 
 
思っていた以上に大きい。
 
 
方向転換の際にも、川を完全に塞いでしまっている。
 
 
無事、着岸。
いつかこの新しいさるびあ丸にも乗ってみたいものである。
 
 
 
さるびあ丸が着岸して5分程して、今度は橘丸がやって来た。
 
 
 
20時、橘丸も着岸した。
 
 
 
三宅島への行き来の際、あれほどしょっちゅう訪ねていた竹芝桟橋にも、行かなくなって久しい。
久しぶりに訪ねると、島での暮らしなどを色々と思い出してしまう。
新型コロナウィルスが収束したら、次は三宅島を再訪してみたい。
そして、まだ行ったことのない他の島にまで足を延ばしたいと思う。 

 

先日、三宅島で初めて新型コロナウィルス感染者が確認されたことをお伝えしたが、その後も相次いで感染者が確認されている。

2人目は40代の男性で、最初の感染者と同じ村役場の職員だったという。

そして3人目が80代の男性。

こちらは濃厚接触者であったようだ。

 

https://www.vill.miyake.tokyo.jp/juumin/files/117happyou.pdf

 

島には診療所(写真)があるだけで病院がない。

治療もどこまで出来るのか…。

新たな感染者は共に都内の病院に搬送され入院中とのことである。

 

これから寒くなり、新型コロナウィルスの脅威はますます広がっていくと思われる。

狭い三宅島でこれ以上感染が広がらないことを祈るだけだ。

早く新型コロナウィルスが収束し、三宅島をまた訪ねることが出来る日が来ることを願っている。

 

 

 

 

11月2日、三宅島で初めて新型コロナウィルス感染者が確認された。

 
 
三宅村役場によると、感染が確認されたのは30代の村役場の職員男性。
31日に飛行機で都内の病院を訪れた際に、PCR検査で感染が確認されたそうである。
少なくとも26人の濃厚接触者がおり、順次検査を行なっていくという。
 
伊豆諸島ではすでに御蔵島、八丈島、大島で感染者が確認されており、正直三宅島で確認されるのも時間の問題だと思っていた。
狭い島である。これ以上感染が広がらないことを願うばかりだ。
 
 
僕は今本土にいるのだが、もしコロナの自粛期間にまだ三宅島にいたら、どんな感じだったろうか想像することがある。
4月・5月の緊急事態宣言の最中は、仕事もテレワークとなっていただろうから、おそらく島内で大人しくしていただろうと思われる。
もっともずっと島外に出ないというわけにはいかないから、7月・8月頃になって時折本土に帰っていたのではないだろうか。
島と比べて本土は人の数も比ではない。
なのでかなり怖いと感じていたに違いない。
 
ひょっとしたら毎日魚釣りをして過ごしていたかもしれない。
釣りであれば、密を気にする心配もないだろう。
それで魚料理をいろいろと研究していたのかもしれない。

この週末、日本に近づいていた台風14号は、東から南へ時計回りに通り過ぎていった。

幸いにして日本本土には上陸しなかったが、伊豆諸島の三宅島と御蔵島に大雨特別警報が出され、住人に避難勧告がなされた。
 
 
これまでのマスコミ報道では、台風が本土から反れた場合、それ以上は関心が払われないものであった。
もっとも僕自身、三宅島に住むまでは同様だったのだからある意味仕方がない。
従来、特別警報は島嶼部のような面積の狭い地域に出すことはできなかった。
それが2013年の伊豆大島の土砂災害を機に精度の向上が計られたのである。
島嶼部への特別警報は、今回が初めてとなった。
 
NHKのニュースでも盛んに三宅島の様子が映し出されていた。
もちろん心配ではあったのだが、見慣れた光景に思わず懐かしくなってしまった。
 
 
今回の台風で、三宅島では4ヶ所で土砂崩れがあったという。
島の東部・三池地区のサタドー岬付近では土砂が三宅島一周道路を塞いで通行止めになっていたという。
 
 
また、島の西部・阿古地区の墓地でも土砂崩れでお墓が埋まってしまった。
 
 
さらに、島内唯一の温泉施設「ふるさとの湯」も、温泉ポンプが土砂に覆われたとかで営業停止となっているそうだ。
 
 
幸いにも人的被害はなく、島民は全員無事であったようだ。
本土にいるとつい忘れがちだが、東京都には多くの島がある。
これを機に、せめて台風の時には島の事にも思いを馳せて頂ければと願う。
東海汽船の大型客船さるびあ丸(2代目)が、6月にその役目を終えた。
6月25日東京・竹芝桟橋出航の三宅島~八丈島航路が最後の運航であった。
1992年に就航してから28年の歴史を終えた。
 
 
同日の6月25日には新たに3代目さるびあ丸が大島~神津島航路に就航している。
 
 
2代目さるびあ丸は主に大島~神津島航路に使用され、三宅島~八丈島航路は2014年就航の橘丸であったのだが、橘丸がドックに入る時などはさるびあ丸が代わりに運航することもあり、僕にとってもなじみのある船であった。
個人的には橘丸にはない2等椅子席があるのというのが気に入っていた。
最後にさるびあ丸に乗ったのは2017年5月で、三宅島から東京に出る時だった。
 
2代目さるびあ丸が引退したのは、新型コロナウィルスによる緊急事態宣言の最中であったため、最後の出航を見に竹芝桟橋へ行くことがかなわなかったのが残念だった。
機会があれば、3代目さるびあ丸にも乗ってみたいと思う。
今日9月28日から30日は初めて三宅島~八丈島航路にも就航するらしい。
さらに3代目さるびあ丸は小笠原への航海も可能で、2021年からはおがさわら丸がドックに入っている時には父島航路にも使用されるという。
それも楽しみである。
 
 
一方の2代目さるびあ丸は、バングラデシュで遊覧クルーズ船「BAY ONE」として生まれ変わったそうだ。
これこそなかなか乗る機会はないだろうが、いつの日かバングラデシュで再開出来たらと思う。
その時は、きっと感動して泣いてしまうに違いない。
 

5月に御蔵島で新型コロナウィルスの感染者が1名出て以来、伊豆諸島では新たな感染者が出ずにいた。

ところが9月1日、大島(写真下)で子供を含む5人の感染者が確認された。

5人はヘリコプターで東京に搬送され、住民約400人が濃厚接触者として検体を本土に送ってPCR検査を行なったところ全員の陰性が確認されたという。





 

また、8日に八丈島(写真下)でも30代男性の感染が確認され、濃厚接触者3人の感染者も明らかになった。

 

 

 

 

感染原因が何であるのかがはっきりしないのだが、

きちんと原因を突き止めてこれ以上広まらないようにして欲しいと思う。

今のところ、まだ三宅島では感染者が出ていないが、大島、御蔵島、八丈島と三宅島から船の直行便のある島はすべて感染者を出してしまっている。

なんとか踏みとどまってもらいたい。

 

島嶼部は住民の数も少なく、接触者の数も限られるため、きちんと対処すれば封じ込めは可能だろう。

ただ、観光客や、島民が本土に帰った際の感染となると防ぐのは難しい。

もう少し新型コロナウィルスが収まるまでは出来るだけ島を訪ねることは避けるようにしてもらいたい。

 

 

僕も三宅島から帰島して2年半以上が経ってしまった。

そろそろまた、三宅島を訪ねたいと思っている。

早く堂々と訪ねる事が出来る日が来て欲しいと切に願う。