「三宅記」の舞台は三宅島内に点在している。
それらを紹介することで、“聖地巡礼”の参考にしてもらいたい。
三宅島には3つの港があるが、メインの港は阿古の錆ヶ浜港であるので、ここを起点としたいと思う。
そもそも錆ヶ浜とは、芦ノ湖の大蛇を退治した剣が、その剣の錆を洗ったことに由来している。
阿古には、三嶋大明神の3人の従者を祀った神社がある。
錆ヶ浜港から三宅島一周道路に出て、左(北)にしばらく進むと右手に火戸寄(ほとり)神社がある。
祭神は迦具突智神(カグツチノカミ)だが、「富賀神社の四社の宮」とされ見目のことだそうだ。
元来た道を南に戻ると、錆ヶ浜港を過ぎてすぐ右に剣を祀った差出神社がある。
さらに進むと右手に若宮神社の案内があるので、その方向に進むと見目、剣の兄・若宮を祀った若宮神社がある。
三宅島で最も重要なのが富賀神社である。
祭神は事代主命(コトシロヌシノミコト)、妻・伊古奈比咩命(イコナヒメノミコト)、王子・阿米津和気命(アメツワキノミコト)の3柱。
事代主命は三嶋大明神のことだとされている。
「三宅記」に登場する「天地今宮」の「今」の字は「分」の誤記だといわれ、これが阿米津和気命のことだと言われている。
ただ、「三宅記」では三嶋大明神の妻ということになっており、伝承が錯綜しているようだ。
富賀神社から海へ抜けると、富賀浜がある。
そこの海岸に立つ鳥居は「西の御門」。
三嶋大明神が若宮、壬生御館の鰹釣りの様子を眺めた場所だ。
そして、海の中に立つ岩が「御前丸島(おんんめまるしま)」で、若宮が鰹を呼び寄せた場所とされる。
阿古から東の坪田へ。
右手にアカコッコ館があるが、その少し手前の左手に旧・二宮神社がある。
三嶋大明神の后の3姉妹の次女・伊波乃比咩命と、その子・二ノ宮を祀った神社だが、現在は遷されている。
遷された先は坪田の郵便局の向かいの二宮神社である。
そのまま東に進み空港に向かうと、その少し手前の左に御嶽神社の鳥居がある。
3姉妹の三女・佐伎多麻比咩命の子・夜須命を祀る。
ここには現在、建物等は残っていないので、そのまま先へ進もう。
三池浜を通り過ぎると右手にサタドー岬がある。
ここは、神着と坪田で境界争いをした際に双方の境と決まった場所である。
しばらく直線が続くがスピードを出しすぎないように注意して進もう。
神着地区に入る。
神着とは、伝承によると三嶋大明神が初めて上陸した地、つまり「神が着いた」地だ。
左手に椎取神社がある。
ここは、2000年噴火で泥流に埋まったままになっている鳥居と拝殿が有名だ。
右には新たに建てられた拝殿がある。
見所はその奥。
岩の下に本殿がある。
神着から海に降りていくと湯ノ浜漁港がある。
ここには「飯王子神社・酒王子神社」がある。
芦ノ湖の大蛇退治に功績のあった安寧子と満寧子の兄弟を祀る。
再び三宅島一周道路に戻る。
壬生氏の屋敷は「島役所跡」となっている。
現在も壬生さんが住んでいるため中は公開されていないが、庭からいろいろ見ることが出来る。
その向かいにある御笏神社は大明神の后の三女・佐伎多麻比咩を祀られている。
他にも14社の摂社・末社がある。
さらに西に進み伊豆に入る。
御祭神社・薬師堂は見所の多い寺社だが、「三宅記」のお話とはとくに関係がない。
ただ、ここの原生林は噴火の影響を受けておらず、三宅島でも最も古いものが残っているそうだ。
ひょっとしたら三嶋大明神の時代もこんな感じだったのだろうか。
最後は伊ヶ谷。
伊ヶ谷港に向かって降りていく。
后神社は三姉妹の長女・伊賀牟比売神を祀る。
伊賀牟比売神は王子を抱いて伊ヶ谷の海に入水し岩となったというので、浜にある岩のどれかがそうなのだろう。
伊ヶ谷から南に進むと阿古に戻ってくるが、これで三宅島を一周したことになる。
三宅島は1周38キロ。
み(3)や(8)け(K)と覚えやすい。
どこにも寄らなければ車で30分ぐらいあれば1周出来る。
三宅島にお越しの際はレンタカーを借りるも良し、タクシーをチャーターするも良し。
神話と火山と自然にたっぷりと浸ってもらいたい。
もちろん、今回紹介した場所以外にも見所はたっぷりある。