週末、身近な観光地をめぐりました。
横浜市営地下鉄・センター北駅から徒歩5分ほどのところにある、横浜市歴史博物館で開催されている企画展「東海道保土ヶ谷宿」を見てきました。
地元なのに、まずこの横浜市歴史博物館というのがあることを知りませんでした。また今回は行けなかったのですが、この博物館と隣接して大塚・歳勝土遺跡公園もあります。博物館内の常設展示では横浜の古代から近・現代の歴史がわかりやすく展示されており、さらっと見てるだけでも歴史の流れを体感できます。
小劇場でも15分ほどの横浜の歴史映像が見れるのでなかなかおもしろかったです。
今回の企画は「東海道保土ヶ谷宿」。
保土ヶ谷宿といえば、地元、ということもあるし、今年9/10、まだ暑さが残る中、神奈川東海道ウォークガイドの会主催の<東海道を歩こう「保土ヶ谷宿」 ~保土ヶ谷の宿場をすぎれば権太坂 さあ、上ろう、境木地蔵はもう一息~>にも参加し、旧東海道を歩いた経験もあったので、今回の展示会は更にこの宿場を知るよい機会でした。
保土ヶ谷宿は日本橋から4番目の宿場。年始恒例の箱根駅伝で、難所とよばれる”権太坂”はこの宿場にあります。 しかし現在の権太坂は江戸時代の権太坂とは違う場所にあるのでご注意を。しかし江戸時代の権太坂も難所とよばれ、旅の途中で行き倒れた人や牛馬を葬った”投げ込み塚”(現在はその碑のみ)もあったほど。
当時の1日当たりの歩行距離が平均約10里(約40km)といわれ、保土ヶ谷は江戸・日本橋からは約8里(約32km)という位置でした。ほぼ40kmにあたる次の宿場・戸塚宿の手前にある権太坂。江戸から歩いて1日歩き通して最後の方で登らなくてはならない坂道なので、そこで疲れて行き倒れてしまう人が多かったこともあり難所と名高かったようです。(東海道を歩こう、でそのような話を聞きました)
だから戸塚宿の手前、保土ヶ谷宿に泊まっていかないか、と誘う”とめ女”が名物になっていたようで、小説や浮世絵の題材にでてきます。 「東海道中膝栗毛」でも弥次郎兵衛が一首詠んでいます。
「おとまりは よい程谷(ほどがや)と とめ女 戸塚前ては(とっつかまえては) はなさざりけり」
(参考: http://www.ktr.mlit.go.jp/yokohama/tokaido/02_tokaido/03_sisetu/08index.htm )
江戸時代、保土ヶ谷宿本陣を受け継いできた軽部家ですが、色々と昔の貴重なものを残してくれています。
宿場の地図も残され、どこに何のお店があったかということも詳細に残されているのには驚きました。
享保2年、1717年の「類焼取調保土ヶ谷町絵図」もその一つ。1716年の宿場の火災により東海道に面した多くの家々が焼失したそうでその結果を報告するために作成されたもの、だそうです。
浮世絵などに残される数々の宿場の絵も展示されていました。
11/23までなので東海道、ご興味ある方はどうぞ!
また横浜、ではないですが、11/11に辻堂にできたTerrace Mall 湘南にも行ってきましたのでその話は週末ミニ旅②にて。
〇横浜市歴史博物館
http://www.rekihaku.city.yokohama.jp/
〇東海道ルネッサンス
http://www.ktr.mlit.go.jp/yokohama/tokaido/02_tokaido/index.htm
