2週間しかなかった短いことしの夏休み。

県内、日帰りで出かけてみました。








下から見上げたダムは圧巻ですね。
この後、450段の階段を20分かけて上がりました。
エレベーターもあるのに、男子は階段にチャレンジしたくなっちゃうんですかね。1人で行かせるわけにもいかず、がんばってついていきましたが、ヘトヘト。
こんなとき、兄ちゃんがいたらなぁと思ってしまう。文句言いながら、きっと弟と一緒に上がってくれたでしょ?
……文句言うかな?
進んでチャレンジしてたかな?

そんな想像を当たり前のようにしてみる。







ダムの上から見る放水路とループ橋







翌週は下流へ



ここは防災地下神殿と呼ばれているところ
100段ほどの階段をおります。

なんでもない原っぱの下にはこんなものがつくられている。

感動というよりは恐ろしさを感じました。
(人のツクッタモノにはあまり感動できない私…)
ダムも防災施設も人類の叡智ですね。
これのおかげで生活が守られている。

君は、どんな感想を持つだろうね。



どこに行っても、やっぱり息子のことを考える。


確実に時間は流れ

後悔や「たられば」は少しずつ胸の中に納めることができて、ときどき取り出しては落ち込むこむ感じになっている。

寂しさにはなれてきた。

周りとのギャップは、埋めなくてもいいんだとわかってきた。
埋めなくても、うまく生活できている。
人は人、自分は自分だから。


けれど、
「悲しい」という気持ちだけは
どうにもならない。
少しずつ大きくなってる。


悲しいなぁ。
君の声が聞けない。