いつもとは違う、スピルバーグ作品
公開前から本作が話題となっていたのが、脚本を担当したのがコーエン兄弟ということ。撮影のヤヌス・カミンスキー、編集のマイケル・カーンはいつものメンツですが、スピルバーグとコーエン兄弟のタッグはコーエン兄弟監督脚本作品の『トゥルー・グリッド』でスピルバーグが製作総指揮を担当して以来二度目、でしょうか。異色のコラボレーションながらスピルバーグと言えばマイケル・ベイやJ・J・エイブラムス、ピーター・ジャクソンら才気あふれる監督と積極的に手を組むことでも知られ、なるほど今回は脚本というアプローチで来たか、とどこか納得であり楽しみでもありました。
その結果、米ソ緊迫の状況下東西ドイツがまさに分断されるタイミングを舞台にしながら、スピルバーグ特有の肉体的にも精神的にも苦痛を強いられるような描写が抑えられ、スパイ同士の交換をサスペンスフルに描いた交渉劇、会話重視の映画に仕上がっていました。
魅せる演技
常に最善の道を模索し信念を持って解放交渉に挑む弁護士の姿にトム・ハンクスはまさにハマり役で、柔和な表情から繰り出される論理武装が僅かの間隙を縫って相手を追い詰めていく緊張感は、さすがトム・ハンクスとしか言いようがありません。
また、ソ連側スパイの弁護という立場から自国民から敵視されて家族にまで危険が及ぶ状況と、国からの極秘以来のために本来の目的地を告げることなく出発していくドノバンの、夫として父親としてその背中に背負う悲愴感もしっかりと刻んでいました。
常に冷静沈着でありながら翳りを帯びた表情で佇む姿は実に印象的で、やがてドノバンと信頼関係を築いていく様子は、結末に向かうにつれ胸に迫るものがありました。この演技が高く評価されてライランスは各批評家協会賞で好成績を残し英国アカデミー賞を獲得、そして米国アカデミー賞助演男優賞に初ノミネートにして初受賞を成し遂げました。
ドノバン、その男強し。
舞台は冷戦中、東西分裂に揺れるドイツがスパイ交換交渉の地となることから、いつドノバンに向けて銃弾が発射されてもおかしくないような状況でピンと張り詰めた緊張感が常にスクリーンを支配します。交渉の行方次第で局面ががらりと変わりかねない攻防をスピルバーグは丁寧に積み上げていきますがこの辺りの描写は人間心理を巧みに表現するスピルバーグの真骨頂で、ドイツの冷たい空気間もあって冷戦がもたらす危機感を常に観客に与え続けます。国対国の水面下での熾烈な攻防は、血は見せずとも戦争という状況下に変わりはなくその行く末をドノバンが握るという、彼からしてみれば過酷な状況としか言いようがありません。それでもドノバンという人物は一切手を緩めようとしない。一切の揺らぎがない。そんな姿が恐慌の中で兵士以上に頼もしく思え、この男なら不可能を可能にしてしまうのではないだろうかと、観客もドノバンに望みを託します。
もう一人のスピルバーグ組初参加
ニューマンはサム・メンデス監督とのコンビで知られ、『スカイフォール』『スペクター』でも見事なボンドサウンドを作り上げてみせましたが、もちろんスピルバーグ監督とは初タッグとなります。しかしニューマンはそんな重圧は物ともせず、重厚かつ繊細に、ドノバンが描き上げていくドラマを音楽でフォローしてみせました。これはもう作曲家としての力量を試される機会というものを超越して、ニューマンのベストワークの一つになったと言っても過言ではないような気がします。
スピルバーグ監督の新作『THE BFG』ではジョン・ウィリアムズが復帰を果たす予定ですが、スピルバーグとニューマンが再び組むことがあるか、今後気になるところです。