止舎利弗。不須復説。所以者何。仏所成就。第一希有。難解之法。
「舎利弗よ、かさねて説くことはやめよう。なぜならば、仏の成就したところの法は、最も希(まれ)であり、難解の法だからである」
無問自答
方便品は、仏が誰の質問をも受けずに、みずから諸仏の智慧は甚深無量と仏の境涯を賛嘆する言葉を説き出したものです。
釈尊は仏が達した境涯、またその智慧は最上第一の希なる法であり、舎利弗などには解し難いものであると説いた。
さて、日蓮大聖人を末法の御本仏とする私達は、仏=大聖人、舎利弗=私達含む一般の衆生とします。
「納得したら信ずる」…おそらくは一般的にはそう考えるのが普通でしょう。
しかし、このように経文には解し難いと。
本当にこの仏法を納得する道はただひとつ「以信代慧(いしんたいえ)」
御本尊を受持して信ずる以外にはない、という事です。
先日の本幹、先生のスピーチにもありましたが、御書は「その通りだ、その通りだ」と、拝したいと思います
