先月11日に父が亡くなりまして。
よく家族が亡くなった時って、いろんなことがあると聞いてはいましたが、

うちにもまんまとあったぞ(^m^)をいくつか書いてきました。

 

分かり易く面白い不思議【1】
分かり易く面白い不思議【2】
分かり易く面白い不思議【3】

 

実はほかにもちょこちょことあるにはあったのですが、

昨日、49日の法要があって、車で日帰り帰省した時、
私的に、結構びっくりしたことがあったので、番外編。

 

 

 

実家の敷地内には、小さなお稲荷さんがあります。

いつ頃、どこから勧請してきたものかは分かりません。
 

ただ、今回父が入院した頃から、

私の中で、その存在がとても気になるものとなっていました。

 

父の母である、祖母が生きていた頃は、

祖母は毎日、お稲荷さんに手を合わせていましたし、

私も小さい頃は、何かというと、

お稲荷さんにお願いしておきなさい、とかね、そう言われていたので、

裏庭の片隅にあるその小さな祠にお参りするというのは、

大学受験の頃まで、極々日常の風景でした。

 

うちの実家は、いつの頃までだか分かりませんが、

下駄屋とお茶屋を営んでいたようです。
実はそれ、私は知らなかったのですが、昨日叔母から聞いたんですよ。
だから祖母は、鼻緒のすげ替えが上手であったと。

だから実家には、アルミ板を中に貼って湿気が入らないようにした、

大きな茶箱がたくさんあったのだと。


そういえば、茶箱、いっぱいあったわ。
小さい頃、衣替えでしまい込む大人達の衣類は、みんなそういう茶箱に入れていました。
私はそれを「そういう時代だ」と思っていたんですけど、違ってたんですね、

私の記憶にあるのは、その後、祖母が細々と煙草屋をしていたことだけで、

それも私が中学の頃には畳んでしまったんですけど。

でも、だから、お稲荷さんだったワケかなあ。

ただ、私の中でも、今、後を取っている弟の中でも、多分、

お稲荷さんは祖母のものというか、祖母までのものって感覚が大きくて、
父も母も、お盆やお正月のお供え物は欠かしませんでしたけど、

日常的にお参りするという習慣は持っていなかったと思います。

 

なので、例えばね、もし今後代替わりとなり、

なんらかの事情や都合で、あの土地を手放すとかってことになった時、

土地自体、家自体は特に問題なくても、

お稲荷さんをどうするのかってことが、きっと問題になるのでは、と、

実はこっそりとなんですけど、それが脳裏にあったんですよ。

例えば移転するとかにしても、畳むとかにしても、
それが今今ではなくて、何代か先のことになるとしても、

いつ頃、どこから勧請してきたのか、
それとも、代々祀ってきた土地神さまだったりするのか、

それくらいだけでも、私が気づいた今、少しずつ
調べておいたほうが良いのではないか、みたいなこと。


ご近所でもそうやって、確かここに〇〇さんちがあったよね?みたいなさ、
跡取りが外に出てしまって老朽化した家を処分した後の、
空き地や駐車場があちこちにある地域なので。
 

そう思うようになってから、入院している父の見舞いに行った際には、
源龍じいちゃんの川と共に、お稲荷さんにも、
清めのお酒をまいたりしてたんですよね。

 

 

そんなことをしていての、昨日です。

父の49日の法要のため、朝早くに家を出て、

前の車が見えませぬー(>_<。) くらいの、びっくりするような大雨の中、
実家に向かっていた時でした。
 

雨は、千葉県内を出た頃から小降りになり、

ほっと一息ついて運転していた時、突然、それはやってきました。

 

白い、何か。
ああ、白いと思った時、

面白いもんなんですよね、こういうの、

一瞬で、それが何か、

どこの何かが、私の中では理解できていたんですよね。

 

あの。

遠慮がちに、その白い何かは私に話しかけてきました。
とても礼儀正しい、そんな感じの仔でした。

 

はーい?

おばあちゃんはいつ頃、帰ってくるのでしょうか。

 

不意を突かれたと思ったなあ。

そこなんだ!?と思いました。

 

祖母は亡くなってもう18年になるのです。

そういえば、祖母が亡くなった年も、ちゃんと確認してこようと、
前日それも考えていたところでした。


ごめんねえ。
人間ってさ、早いんだよ、短いんだよ。
おばあちゃんは、もう死んじゃったんだ。

もう帰って来ないんだよ。

そう答えた途端。
ものすごい勢いで渦巻いたのは、とてつもなく大きな悲しみ。

 

そうなんですか?

おばあちゃんには、もう会えないのですか?

待ってたんです。

みんな、もういなくなっちゃったけど、

ぼく、行くとこないし、どこに行っていいか分からないし、
だから、も少し待ってみたら、もしかしたら帰ってきてくれるかなって、

また会えるかなって。
ぼく、また、おばあちゃんに会いたかったから。


どーっとあふれ出る涙。

ええ、私の目からね(^m^)

正直、う・ん・て・ん・ちゅ・う~(>_<。)
と思ったんですけどねえ、こういうの、ホント、運転中に多いんだよ。

外の大雨がやんだってーのに、今度は自分の目かーいっ!っていうな・・・

それは、うちのお稲荷さんにいてくれたらしい、白い狐の仔でした。

仔と言っても、伝わってきたのは、中でも一番若い幼い仔だったってコトで、

どこかから生まれたのか沸いて出たのかは分かりませんが、

それでも、120年とか150年とか、そういう単位で過ぎている模様です。

眷属チームの中では一番の若い仔。

だから、他の年長の眷属達が去っていっても、
行き場がなく、連れていっても貰えず、
仕方なく、もう少し待ってみようと決めて、祖母が亡くなってから18年、
そこでただ、待ち続けてくれたみたいなんですよ。

正確には、祖母は80越えてから、感染症で片足を切断することになってしまい、

その後、施設に入所してそこで亡くなっているので、
20数年、になるのかな、お参りできなくなって。

白狐は、寝ていたらしいんですね。

祠の中で、キツネの陶器の置物の中で。
だけど、数か月前から、私が時々清めのお酒をかけていました。
それで目を覚ましたらしいんです。

もしかしておばあちゃんが帰ってきたんじゃないかと。

でも違う。

おばあちゃんじゃない。

だけど、なんとなくこの人を知ってるぞ?

直接聞いてみよう、おばあちゃんのこと、何か分かるかもしれない。

そんな感じでした。

 

このこ、うちのばーちゃんが大好きだったんだなあというのが、

ガンガン伝わってくるんですよねえ。
切ないんだよねえ、もう。

ごめんねえ、ありがとうねえ、しか伝えられない。

 

そのうちに狐にも分かったみたいでした。

 

あ、ぼく、分かりました。
小さい頃、よくぼく達をキレイに洗ったり拭いたりしてくれましたよね。
覚えています、小さな女の子がおばあちゃんと一緒に、お掃除してくれました。


それが、こんなおばちゃんになるワケさ・・・(笑)

人の時間っていうのはさ。

その頃から、うちのオオカミのてんちゃんがね、

しぱしぱとしっぽを振り始めていました。

分かってたんだけどさ(笑)

まだちょっと聞きたいことがあるから、まあ待て(^m^)

 

狐は、うちのお稲荷さんに神様はいないこと、

他の眷属達も早々にいなくなってしまって、行方は知れないこと、を

もう一度丁寧に教えてくれました。

 

これは私が感じたことですが。

もしかしたら、そもそも最初から神様はいなかったのかもしれません。
もしこれが勧請したものであるならぱ、

神使である眷属たちが、修行のために来てくれていたのかもしれませんし。
土地神さまだったとしたら、祠自体は廃れたり荒れたりはしていませんが、

日々、参る人がいなくなってるからなあ・・・

 

あの、ぼく、白妙といいます。

 

狐は少し改まって、名乗ってくれました。

うわあ、この手の存在に、名乗られたのは初めてだ~と、ちょっと感動した(笑)

 

白妙ちゃんかぁ、なんかちょっと女の子みたいな感じだね。

あ、ごめんね。

でもキミ、すごく丁寧だし、優しいし、ぴったりのいい名前だねえ。

 

ありがとございます。
そうなんです。ぼくは、こんな感じなので。

だからきっと、どこにも連れて行って貰えなかったんだと思います。

 

てんちゃん、また盛大にしっぽを振る振る(笑)

分かった、分かった。

 

白妙ちゃん、私んとこ、来る?

\( ̄▽ ̄)/←これ、てんちゃん(笑)

 

えっ、いいんですか?

一緒にいてもいいんですか?
 

うん、いいと思うよ。

あそこにいても、きっとこれからも余り変わらないと思うし。

何より、おばあちゃんはもう待っていても帰って来ないんだしね。

 

ぼくも、かあちゃんって呼んでもいいんですか?

 

勝手にそこ、意思の疎通をしてたんだな(^m^)

てんてんと白ちゃん・・・

 

うん、いいんだよ~♪

 

ありがとございます~ううう←また泣いてる(笑)

 

 

そんなワケで、うちのしっぽが昨日から2本になって、

ざ、しっぽ隊、みたいになったワケなんですよ(^m^)

 

あんまり泣かせてもな~と思ったので、

ちょっと聞いてみたんですが。

ここにいるオオカミのてんちゃんはさ、
プリンが大好きなんだけど、

白ちゃんは何か好きなもの、ある?

 

ぼく、お味噌汁が好きです。

 

味噌汁っ!(笑)

渋いなと思ったんですけど、思い出したよねえ。

うちがあげてた、お稲荷さんに定番のお供えものを。

 

それと、あのぅ、ゴマ味噌のおそうめん・・・

 

1人で笑っちゃいました。

ご飯とか味噌汁とか、お正月にはお餅とかお雑煮とか、
お盆の時期には、ゴマ味噌だれのそうめん、確かにあげてたんだよぅ(笑)
忘れてたよ、私も、あの実家特製の冷製ゴマ味噌だれっ(^m^)

 

分かった、作るね、一緒に食べよう♪

\( ̄▽ ̄)/わぁ♪

 

白ちゃん、わきゅわきゅしてた(笑)
仲間ができたてんちゃんも、ついでに大喜びしてましたわ(^m^)


法要の後、親族が三々五々帰っていった後、

私と岩手の伯母(祖母の長男の奥さん)が残り、

少し話をした時、お稲荷さんの話になったんですが。

 

子供の頃は木の祠だったお稲荷さんが、いつの間にか石の祠に変わっていたんですけど、

それは、岩手の伯父と伯母の願掛けのお礼だったらしいんですねえ。
そこの長男の国家試験の時、

もし受かったら、祠を新調しますねと、願をかけたんだよと、図らずも伯母の口から。

にゃーるほど(笑)
それも33年ほど前のことになるワケだ。

法要後の食事会の時にも、叔父や叔母にいろいろ聞いてみましたが、

80過ぎの叔父が、物心ついた時には既にそこにあったということなので、

これはちょっとルーツをたどるのは難しいかもしれません。

でもまあ、今のうち、神主さんにご相談してみるのもアリかなあ。

たとえ神様はそこにはいないとしても。

祖母があんなに熱心にお世話していたものを、粗末にはできませんしねえ。
とはいえ、実際にそれをするのは弟なんだけどもね(笑)
現実対応担当だから(^m^)

 

 

あ、満面の笑顔の祖母の遺影にも、

ちゃんと報告しておきました。

 

白妙ちゃん、ずうっとばーちゃんに会いたくて、待ってくれてたんだって。
だから、私が貰ってっていいよね。

 

遺影のばーちゃんは、嬉しそうに笑ってたよ。←ハナから笑顔の遺影ですってば(^m^)