こんにちは。

 

小しゃらです。

 

前回、文末にて『有り難いです』と一行書いて終わりましたが…。

『デイサービスは有り難い存在です』と少し書き加えさせて頂きます。

 

実は、すんなり行ってくれないだけでなくて実際に1ヶ月程お休みしていた時があります。

それは、今回私が副題とした[カレンダー事件?]の前後です。

私が勝手に事件としたのですが、事件という程大袈裟ではなく、オチがあり、ちょっとですが笑える部分もあります。

 

その前に。

痴呆が進むと日付けとか季節感が無くなる、と言う話はよく聞きますよね?

私自身、義母の介護認定時に来て頂いた女性の区役所の方からも、そう伺いました。

実際に、その職員さんが義母にした質問は

「貴方の生年月日と年齢を教えて下さい。」でした。

義母は「まあまあ、そんな歳が幾つか何て、年寄りに聞くものではないわよ。」と、誤魔化して結局は答えませんでした。(当時義母は90歳でしたが、時々御自分を80歳と言う時があります)

又、家族(私)に対しては

「義母様は、季節に合った服を着ていますか?」でした。

私は「本人自身で着替えが出来るので、洋服選びも本人です。同じ服を1週間以上着る時もありますが、夜はパジャマに着替え寝ていますし、お風呂に入らない日でも肌着は変えている様で、毎回洗濯物として洗濯機に入っています。暑い日でも半袖ではなくて長袖のブラウスを着る時もありますが、薄手のブラウスですからねえ。」と、ありのまま答えました。

その職員さんによると「痴呆が進むと、真夏でもセーターを着る人もいるんですよ」との事。その現実に驚きました。

流石に、未だ義母は真夏にセーターは着た事はありませんが、真夏の問題行動はありました。

それは、外気温が30℃以上になり(時には34℃以上)閉め切ってクーラーをかけていた時の事です。

義母がニコニコしながら「空気の入れ替え」と言って窓を半分近く開けるのです。その状態で「今日も暑いわね。夏だもの」と言うのです。

確かに空気の入れ替えは大事ですが…。

その様子を見ていた中学生の息子にまで「母さん、あれじゃあ、クーラーが壊れるのは時間の問題だよ。だって室内温度の設定が28℃で、窓開けてたら34℃の外気が入り続け、クーラーも設定温度になるまでずーっとフル回転。」と。

まだクーラーを新調してから1年未満なのに。

義母の気分を害さないように、「クーラーを付けている時は窓を閉めましょうよ」と何度も促すのですが、その度に「あら、たった今開けたばかりなのよ。空気の入れ替えは必要でしょう」と言い訳するのです。

実際は、義母が開けたばかりの窓を速攻で閉めるのも嫌がらせのようなので、暫くそのままにしているだけなので、本当は30分以上前から開いているのです。

時には誰も気が付かず、いつの間にか開いている時もあります。

義母に悪気は全くないのですが。

このような事が1日に何度もありました。

この行動は何に分類されるのかわかりませんが、真夏にセーターを着てしまう人と

何か共通点があるのかもしれません。

 

 

さて、[カレンダー事件]ですが。

 

昨年末、12月中旬の事です。

デイサービスで、松ぼっくりを使ってミニツリー🎄の工作がありました。

色々取りどりのミニポンポン・ビーズ・スパンコール等を松ぼっくりに貼り付けてあり、転がらない様にペットボトルのふたの上に乗せた、可愛いツリー。

義母自身も自分の作品が気に入ったらしく、仏壇の前に飾ったり(我が家で仏壇は、リビングの1番目立つ所に置いてあります)、家族だけでなくケアマネジャーさんにも見せて嬉しそうでした。

それから数日後。

もう少しでクリスマスというある日。

突然、義母が「もう、お正月なのだから。昨年のカレンダーは勘違いするから外しなさいよ」と言うのです。

『ちょっと待ってよ。世の中、これからクリスマスなのに。まあ、何時もの様に思い違いかな?』と思い「未だクリスマス迄1週間以上あるのに、当年カレンダーは外せませんよ」と出来るだけ冗談ぽく返答したのですが。

その日から、毎日、顔を合わせる度に義母から「カレンダーを外しなさいよ。」と言われ続け、その度にスルーしていたら、そのうち御自身で当年カレンダーを裏返したり、新年カレンダーの1月4日迄ペンで横線を引いたり(あたかも今日は1月5日だと言わんばかりに)…。

更に、「昨年のカレンダーがあると勘違いするから捨ててちょうだい」と。

流石にこれ以上はスルー出来ないと、あしゃらに相談すると

「お袋が正月だと思っているなら、それでいいじゃないか。

そもそも、事実を言ったところで自分が正しいと言い張って聞かないだろうから。

でも、カレンダーが無いのは不便だからなあ。

とりあえず、お袋の見えないところに移したら」

とのアドバイス。

 

当年カレンダーを目立たないキッチンの隅に移動して、義母の「カレンダー捨てて頂戴。」攻撃は終わりました。

 

さて、この[カレンダー事件]のオチ?ですが。

 

実際の1月1日。

普段なら義母とは食事以外では、顔を合わせる事も話をする事もあまりない3人息子。

その日は、朝食後から用も無いのに義母の周りをウロウロしていました。

義母は何も無くても孫に小遣いをあげる上に、金額も学生にしては高額。

気前が良いので、今回も祖母からの高額御年玉を期待してのウロウロです。

「明けましておめでとうございます。」と元気よく挨拶もしてました。

3人揃って、そうしているのですから可笑しくて思わず笑いそうになりました。

 

ところが。

義母からは新年の挨拶はなく、期待していた御年玉もなかったのです。

自分達から御年玉を要求も出来ず…。

今日は駄目でも翌日の2日には貰えるかもと淡い期待も3日目には消えた様です。

 

ふと新年カレンダーを見ると1月4日迄引いてあった横線が、いつの間にか7日迄延びていました。

義母の中では既に8日だったようです。

 

 

私自身、日付けや曜日等間違えたり勘違いも度々あります。

怪しい時は、携帯電話画面やリビングにある電波時計又はニュース等で確認します。

義母にも、私と同じように、御自分の携帯電話や毎時見ている電波時計等で確認する機会はあるのですが…。

思い込みが激しい過ぎて現実を無視してしまうのでしょうか?

 

あしゃら曰く

「思い込みや我が強すぎると、自己反省が出来ずに、相手の助言も提案も受け入れられない。事実かどうかさえも確認しない。

結果として、周りとの協調性に欠け、酷くなると日常生活が送れなくなる。

何を言っても我を張るお袋は因果応報で仕方ないが、子供達は楽しみにしていた御年玉を貰えなくて気の毒だったなあ。」

と。

 

正月早々、自己反省は大事だと思いました。

 

冒頭で触れた、カレンダー事件とほぼ並行して、1ヶ月程デイサービスをお休みしていた時の事は又その内に。