それから、また沈黙が来た。
やがて、ママは嗚咽を漏らし始めました。
それはゆっくりであっても段々と、確実に抑え切れないとこまで達し、ついにはあたしの後ろにある和室へ行って咽び泣きました。
さっきよりも我慢が出来ないかのように、抑え切れないものを吐き出すように泣いてました。
正直、あんなに泣くママを見たのは2度目で……。
ちょっと戸惑いました。
「なんでお母さんが泣いてるかわかる?」
「なんとなくは」
まさか、自分の娘が…って思ったんだろう。
受け入れられないんだろう。
現実を認めたくないんだろう。
でも、それはあたしのちょっとした思い違いだったようで。
「悔しいんや」
あー…、ママの性格からしたら、それもあるんやろなあ。


ママは元々中国育ち。
あ、あたしのおばあちゃん日本人やからね。
おじいちゃんの家が大きかったらしく、地元では有名な目医者だった。
おばあちゃんも、婦長として有名やったらしい。
おじいちゃんの病院で、長女の叔母は研究員、3女のママは薬剤師(実際に薬を調合してたらしい)、末っ子の叔父は放射線技師をしていた。
つまり、何が言いたいかと言うとお金持ちだったの。
ママは医者や警察官が通うようなエリート学校に通ってた。
その頃食器は銀一色で、コックさん・乳母付き。
まさしくお嬢様。
けど、戦争が終わっておじいちゃんが日本へ帰るように言った。

満州から帰国した家族を追うように言った。

ママ達子供達を全員連れて行こうと、連れて行かまいと、離別を覚悟して言ったんだそうだ。
おばあちゃんは家族みんなで日本に行くことを選んだ。

優しいおじいちゃんは、財産を捨てて先に自分以外の家族を日本へ送った。
日本に来たばかりのママ達家族はバラバラに住み込みバイトして、日本でまた別の資格を取った。
おじいちゃんが日本に来た頃、お金が溜まって家族一家が暮らせるマンションを見つけて今に至る。
まさに天国から地獄。
中国では理系、日本では文系の法学。
話を聞いた時は、素直にすごいと思った。