「彼女はまるで怯えた子鹿さながら、私からさっと飛び退いた。怯えた子鹿が実際にどんな風に飛び退くのか、正確なところは私も知らないのだが。彼女は石のようにこわばった顔で私を見た。」
こんな文章を読んでいると、村上春樹みたいだと思った。この感想自体馬鹿げているのは承知だ。村上がチャンドラーやフィッツジェラルドなどのアメリカ小説の重大な影響下にあることは周知の事実だからだ。
マーローがまわりの顰蹙もかまわずまきちらす洒落た台詞も、日本語となると、村上春樹が訳しているからではなく、もはや村上春樹のOwnershipを感じる。
田舎から若い女が突然マーローのオフィスにやってきて、兄の捜索を依頼するところから始まる。そしていつものように、安い金(結局は無償で)で割に合わない境遇に追い込まれていくというストーリーが語られる。
しかし、マーローをそこまで追い込む倫理観とはいったいどこからやってくるものなのだろう。
文章に彫琢を徹底して加えるマーローを同類の村上が訳した幸福な翻訳だ。
リトル・シスター (ハヤカワ・ミステリ文庫)/早川書房

¥1,008
Amazon.co.jp