最初に申し上げますがあくまで個人的な意見ですのであしからず・・・
十人十色と言う言葉があるように人それぞれ考え方や価値観が違うのは当たり前です。
まして臓器移植というのは残酷な言い方をするのなら、助かる命がある分だけ失われていく命もある
これは、一見残酷に見える事だが他人事ではない・・・
今日まで元気に過ごしていた息子が、娘が、孫が、甥が、姪が、突然の事故等で脳死と判定されたら・・・
僕だって冷静に考えられないだろう。 だからこそ、本当に今すべき事は反対するのではなく、そうなった時にの為に日頃からこの事について真剣に家族で話合うべきだと思う。そこで家は提供できないと結論を出せばいい
あなた方の個人的な価値観や、まして宗教観等で救える命を奪い取らないで欲しい
日本には独特の死生観がある等とトップクラスの政治家の先生方が言っている・・
確かに国民的にもこの問題は難しい物なのかもしれない・・・
でも「死生観」という一見キレイな言葉に惑わされないで欲しい・・
その言葉がどれだけ日本という国を追い込んでいるか・・
今までにどれだけ多くの家族の方が、海外から、あらぬ批判を浴びながら多額のお金を募金等で集め、募金を集めることで一部の心無い輩から酷い中傷を受け、高いリスクを冒してまで渡航してきたかと思うと心が痛くなると同時に、独特の「死生観」などというものを取っ払って世界基準(WHO)の考え方を取り入れて欲しいと思う
日本のいいところでもあり、衰退の原因でもある「歴史を重んじる」
この言葉を楯にしていたらいつかは世界から総スカンを喰らうことになる、これは移植問題でけではない
現状維持は衰退なりである
そして参議院での採決について、議員の方に一言いいたい、自分の保守や党の保守、今後の自分の利益などを一切考えないで討論して欲しい、そして我が子や家族、孫が移植が必要となった時に自分の出した結論が自分の身内の首を絞めかねないと言う事も合わせて考えてもらいたい
もうこれ以上、阿部知子のような馬鹿な議員が増えない事を、ただ祈るばかりです。
そして今回は移植側だけの意見を述べてしまいましたが、もちろんドナーの方やドナーファミリーの方を無視をしていいとは思っていませんし、脳死患者さんやその家族の方々の気持ちも大切にしたい気持ちはありますが、まずはスタートラインに立つ事が大切であって、法改正後も様々な話し合い等は必要だと思っています。
とりあえず、日本に戻ってこの2日間に感じた事を書かせて頂きました。