家庭内がやや不協和音って感じになってる。
父は元々体が弱いのだが、最近体調不良気味の日は恐ろしく機嫌が悪くなり、身勝手な振る舞いをしたり、母や私に理不尽な暴言を吐き散らかしたりする。
定年退職後の軽度なうつ状態なんじゃないかと私は踏んでいる。
家に業者が来る日や、病院に検査に行ったり、何かしら「仕事」っぽいことがある日はハツラツとして機嫌がいいから、とにかくやる事を見つけるべきだと思う。
でも、私と同じで、これと言った趣味もなく、絶対の義務でもなきゃ億劫がってやらない、非社交的で不精な性格の父だから、
自分から求人探して働いたり、生き甲斐を探したり、そういうことをしようとしない。
母や私からの進言なんて聞く耳を持たないし、自分から動こうともしない。
ただただ機嫌悪く毎日を過ごしてる。
私は会社に行ってて顔を合わせる時間が少ないのでまだマシだけど、母は常に家にいるので大変。
元々の性格に加え、金銭面で父を頼ってる事もあって強くは出られないようで、理不尽な事があっても黙ってやり過ごすしかないという悪い状況になってる。
私も、同じ家にいる間は父に強く出るわけにはいかない。家追い出されると困るしw
それに、何か言った所で、自立してない私からの言葉では説得力に欠けてしまう。
完全に自立して一人で暮らしてたら、外からの意見として何か言えたかもしれないけれど…。
一方、母と私の関係。
母とは基本常に仲良しだけど、たまに爆発させる過保護さを疎ましく思う時がある。
うちの母が過保護気味なことは昔から薄々分かってはいたけど、
私の自己評価の低さや生きづらさがそこに由来するということに、去年辺り初めて気が付いた。
このブログに気持ちを吐き出すようになって初めて母との関係のおかしい部分に気付き、本などを読んで、母と自分の心のメカニズムが理解できた。
うちの母は所謂ヘリコプターペアレント、もしくはカーリングペアレントというやつで。
私を思って何でもしてくれちゃう母のことが私は大好きだけれど、
反面、母の意にそぐわない私の好みや希望は、間接的に捻じ曲げられてきた。
表向きは「私の好きなようにしたらいい」と言いつつ、
私が母と違う意見を持つと、不機嫌になったりため息をついたり。
これ、ダブルバインドって言うんだって。
どっちやねん!ってなる感じのことねw
親にそれをされると、子は金縛り状態になってどうしたらいいか分からなくなってしまうそう。
私、長年まさにそれだったんだよね。
というか、今もまだその呪縛が解けきれてないけど。
好きにしたらいいと言う割に、好きに出来ない感じ。
それが私の生きづらさの正体。
おまけに、何でもやってもらってたお陰で、自分は何もできない役立たずのダメ人間だと完全にインプットされてしまってるから、尚更生きづらい。
これまで、母の意向と自分の希望がぶつかった時は、
母を納得させられるような言い訳を物凄く考えに考えて、それでどうにか自分の希望を通すか、
その言い訳が作れない時は、仕方なく諦めて母の意向に従うか、
という感じだった。
そのうち、意向がぶつからなくても、事前に言い訳を考えるクセがついてしまった。
知らないところに散歩に行きたくなったとしても、
普段は一人でふらっとどこかに行くような私じゃないので、変に思われてしまう。
変に思われないように、何か言い訳を作って出掛けよう、
そこに行きたいわけじゃなく、行かなきゃならないから仕方なく行くという体にしよう、
みたいな。
そんな風にしてずっとやってきてた。
だから、行きたい所にパッと行くということがいまだに出来ないでいる。
でも、最近やっと少しずつ、自分の思う通りにやって良いんだということが解ってきた。
必ずしも母の意向に沿う必要はない。
自分で感じて自分で決めていい。
母には感謝してるし、心から大好き。
けど、母の意思と私の意思とはきちんと切り離さないと。
離れて暮らすべきなんだろうな、と。
そうしたいとも思う。
本来なら年齢的にもうとっくにそうしてるべきだったんだけど、
私自身の精神がまだそこまで追い付けてなかった。
金銭面も不安定だし。
でも、もし今度本当に社員になれたら、一人暮らしも夢じゃなくなる。
実家でぬくぬく暮らしてきた私にとっては、恐ろしいまでの試練ではあるけどw
私がいつまでも実家でグタグタしてるのはマジで良くない。
私がいることで、このままでは家が腐ってしまう気がする。
不機嫌な父とも離れたいし。
そうすれば、自立した大人として父に助言したり救うことが出来るかもしれない。
過保護な母とも距離を置きたいし。
父が不機嫌な時、一人で暮らす私の部屋を母の逃げ場にすることだって出来る。
金銭的にもまだすぐには無理だけど、ちゃんと考えないとな…と。
大好きな両親だからこそ、少し離れなきゃいけない。
まるで10代みたいな悩みだよねw
自分でも恥ずかしいと思うけど、
でも親が大好きな自分も紛れもない「自分」だから、
そんな自分を否定する必要もないんじゃないか、
他人の目気にして言い訳する必要もないんじゃないかと思いたい。
私は私でいいと認めることが、行きづらさを捨てる一歩。