「空」とは何か。

 

個人的には、量子揺らぎのような状態ではないかと思う。そこには全ての可能性が内包され、あらゆる可能性が同時存在している状態である。「空」は無ではなく、無も含んだ全ての状態。「有無」ですら空から派生する。

 

量子は「観測」されることにより、状態が固定化される。どのように顕れるは波動関数の確率に従うとされている。

 

一方、華厳思想においては、「世界は心の顕現である」とされている。

故に、心というか、何等かの「観測者」たる存在が空を観測して、初めて世界が構築される。のではないかなどと思う。

 

どのように構築されるか。心の顕現なのだから、思いがそのまま反映されて顕れることになる。わかりやすく言えば、「鏡」ということもできる。世界は心を映し出す鏡である。某ネコ型ロボット風に言えば「現実製造機」といったところか。

 

世界は、見たいものを映し出し、思い通りになるパラダイスなのだ!

 

ただ、この現実製造機は悪魔的でもある。思ったことは、容赦なく100%反映されてしまうのだ。ふとした拍子に悪いことを考えれば、それも容赦なく現実化される。パラダイスが一転して地獄である。天国即地獄。これもまた真理であろう。

 

この「見たいものが顕れる」という事実を心に強く刻み付け、重く受け止めなければいけない。その上でやるべきことは、心を磨くこと。良いことを考えること。無限に許し続けること。

 

そうしないと、本来天国である筈のこの世界が、即座に地獄となる。しかも、全部自己責任。もっとも「自己」というものの範疇をどこまでに設定するかは難しいし、「心」とは何ぞや、「観測者」とは何ぞやという議論もある。

 

その辺を頭の片隅に入れつつ、無限に許し続ける生活を心掛けることから、始めていこうと思う。