1月20日am2:30
奥さんの陣痛が強くなったため、ナースコール[m:152]

赤ちゃんの心拍や陣痛の度合いを計測する機械をつけるためLDR(分娩室)に移動。

5分だったり3分だったり、不規則な陣痛が繰り返され、その度に奥さんが苦しがります。

LDRは3つくらい部屋があり、深夜にも関わらず、他にも同じように陣痛が来て駆け込むままたちがいっぱい。
にもかかわらず、ナースが1人に助産師さんも1人。入院部屋からのナースコールや家で急に陣痛が来たとTELをする患者からの電話対応をこなしつつ、複数のLDRをこの2人で走り回ります。

まさに戦場。よくニュースで病院側に搬入を受け入れてもらえなかったという話題を目にしますが、この病院の人たちは廊下はとにかく走る!で、ママたちの前では決して忙しい中でも常に励まし続ける。目の前の患者に対して精一杯頑張っている姿を目の当たりし、きっとニュースで騒がれている病院の人たちも同じように走り回って、苦肉の末搬入を断っているんだろうなと思った。

隣のLDRからママたちの悲鳴と赤ちゃん達の産声が次々と響き渡ります。この日、颯ちゃんが産まれる朝までに6人の赤ちゃんが誕生したそうです。助産師さんいわく、記録は7人とのこと。それでもすごいと思った。

朝4時ごろ、助産師さんがうちのLDRの様子を見に来る。
子宮口は7センチ。10センチくらいが産まれるときの目安らしいのですが、早くてam5:00~6:00。遅くて8:00かな~とのこと。

am4:30もう一度様子を見に来る。6:00までを目標に頑張ろうとのこと。
ナースが来て、点滴やら器具やら準備をし始める。すかさず、自宅待機の義母に連絡。

am6:30奥さんの我慢も限界に近くなる。
まだ~?もうイヤ!
走り回る助産師さんが複数の部屋のママたちの対応に追われ、懸命に走り回る姿を見ていて、なかなか声も掛けられない。とにかく奥さんを励まし続ける。

am7:00奥さんの我慢もついに限界に。
申し訳ないと思いながらも助産師さんを呼び止め、見てもらう。

隣の部屋のママも限界状態。でも村田さんずっと文句も言わず我慢し続けてくれたもんね。よし、このままいこう。

LDRには助産師さんと義母とむらっちだけ。ちょっと想像してたのと違ってびっくり。てっきりママの頭のほうで手を握っているだけかと思ったら、足の脇に立っていて、ひざを押さえながら手を握る。

ママが力を入れると、颯ちゃんの頭がもう見える。
で、出てきたかと思うと力を抜くとすぐに見えなくなる。
この繰り返しで、少しずつ少しずつ颯ちゃんの頭が出てくる。

ママが力むとむらっちも一緒に力む。
息を止めるもんだから、だんだん酸欠状態でふらふらになってくる。
血を見て貧血になるんじゃなくて、酸欠で貧血になるとは想像してなかった。

でも貧血になっている場合じゃないと、ちょっとしたママのブレイク中に側にある洗面台で顔を洗う。

そしてもう一度踏ん張る。
あまりの痛さからママも悲鳴を上げ続ける。
イタイ…、もうイヤだ…

側にいるむらっちは何もしてあげられず、励まし続けるだけ。
痛みは鼻から吸った息をゆっくり口から吐くことで和らぐ(これがマーズ方?)ママが忘れないようにただただリードしてあげるだけ。

今思えば立会いの仕方について勉強してなかったのに、何とかなったなと。まっ勉強してても正直そんなの考えてやる余裕なんてないんだけど。

苦しむママにもうすぐ出てくるよ。頑張れるよね?って声かけたのだけは覚えてる。ママが大きく頷いて、その直後颯ちゃん誕生。


頭が出てきて

耳が見え

はじめてみる顔を見て

ちっちゃな体とちっちゃなおてて。

そして足まで全身が出てくる。


自然と涙がこぼれてた。どんな映画よりも感動的な瞬間。


朝まで走り回って励まし続けてくれた助産師さんに感謝。
そして一緒にママの背中を懸命にさすってくれた義母に感謝。
何よりも最後まで挫けずに頑張ってくれたママに感謝。


前日、病院に向かう車の中で産まれたら、一番最初に何て声掛けようと考えながら走ってた。

やっぱり「ありがとう」かな?って思ってた。
でも実際は「お疲れ様」。

出産まで長い時間を一緒に過ごして、痛いのもつらいのも一緒に乗り越えたことで家族の絆をいっぱい深められた。
この貴重な33時間をわたしたち夫婦にくれた颯ちゃんにありがとう。

この感謝をたくさんの愛情で返していかなきゃな