娘は聴覚過敏というか、聴覚鈍麻ではないかと思います。



保育園からですが、娘はとんでもなく音痴でした。


どんな軽快な楽しそうな歌も娘にかかれば

たちまちお通夜になりますガーン




当時大好きだった小さなプリンセスソフィアやアナ雪の曲がなぜか悲壮感漂う、お通夜に流れているような歌になるのです。



なぜ?!笑い泣き






歌うのが好きだった娘は、


ママ聞いて!ニコニコ



とよく歌を聞かせてくれたのですが、もうなんとも感想が言えないレベルで不安



その曲、明るくって長調だよね?!

なんで短調になるの??ゲッソリ





4歳からピアノを習っているのに!



ピアノのソルフェージュではちゃんと音を合わせられました。

拍取りもうまかったのです。


意識すれば音は合わせられるけど、歌になると突然壊滅的な音程に。





この先、合唱コンクールとかであの壊滅的な音痴のままだったらどうしよう滝汗、と当時は悩んだものです。





なのですが!!




小5の今、なんと!音痴がだいぶ改善されてるのです。



ものすごく歌が上手いとかではありませんが、少なくともお通夜ではありません。



これなら合唱でもなんとかなるなと安心しています。




小さい子は音程を取るのが苦手なのかなーとも思っていましたが、4歳の息子は普通に歌えていたので娘だけ特殊でした悲しい





小さい頃、どうしても出来なかったことが成長すればできるようになる。

他のことにも言えることですが、発達障害でも、定型の子よりはゆっくりだけど確実に成長するんだなと実感する日々ですニコニコ

娘は入学前から小学校生活をすごく楽しみしていました。


登校班や勉強、新しい友達すべてを楽しみにしていました。

娘の保育園から同じ小学校に行く子はごく僅かでした。娘を知る子が全くというほどいない環境でしたが、それすらも娘は楽しみにしていました。



小1の頃は毎日学校楽しいと言っていた娘。

それとは逆に私の元には様々な連絡が来ていました。


色々ありすぎて時系列があやふやではありますが、思い出せる限りを上げていきます。



 ​先生と帰宅する娘


入学して間もなく、帰りが遅いなと思っていたら学校から電話がありました。探し物をしていて遅くなったから送りますという内容でした。

娘が学校の先生と帰宅してきました。

この頃はコロナ禍で仕事が営業停止しており、私は自宅待機していたため毎日家にいました。

最近の小学校は親切なんだな〜と思いました。


その後も何回か先生と帰ってきました。

連絡があった時はさすがに申し訳ないので学校の近くまで迎えに行くこともありました。

同じ学校に親しい親がいなかったため、先生たちって大変だな、親切だなと思っていましたが、これ普通じゃなかった真顔


普通の子は普通に帰宅時間にちゃんと帰ってるから先生に送ってもらうなんてなかったんですよね…。



 入院中に突然の連絡


6月、私が切迫早産で入院しました。

その時に登校班の当時の班長から連絡がきました。


娘が学校の門の前で突然学校に行きたくないと喚き出したそうです。先生が出てきてどうにかしてもらったそうですが、登校班では6年生が引率だった為、その子がすごく困ってしまったそうです。

さらに、その時にここぞとばかりに普段から列をすぐはみ出たり、単独行動をしようとして周囲を困らせていたと伝えられました。

しばらくは親が付き添って欲しいと言われたので、一月ほど夫が付き添って登校することになりました。



 ​授業参観で机の下にもぐる


この入院最中に娘の初めての授業参観がありました。

私は行けなかったので夫に言ってもらいました。

パパが来ていることに娘は張り切って手を挙げていたそうですが、思ったように先生に指名してもらえませんでした。

これに怒り出してしまい、プリントを投げ捨て机の下にもぐってしまったそうです。


夫からの電話でこれを知り、夫は二度と授業参観には行かないと言っていました。


後に、個人面談時に先生に伺ったところ、机にもぐったのはあの時だけであり、あれが1番最悪な授業態度だったそうです。普段は大丈夫だと言われました。

今思えば大丈夫って許容範囲ギリギリだったのではと思いますが…。


 ​泣き出したら30分


ある日、学校から電話がありました。

別のクラスの子とトラブルになり、泣き出してしまい30分手が付けられなかったと。

担任にもどうすることもできず、他の先生の応援を呼びましたと。


娘は小5の今、ようやく長時間の癇癪がおさまってきましたが、当時は何かあるとすぐパニックになり周りの声が聞こうなくなっていました。


私にとってはそれも日常であったため、またか〜という気持ちでしたが先生からしたら異常だったんですよね。


こんなパニックになった電話はよくかかってきました。



 ​近所の探検であっちこっちうろうろ


学校の近くを知ろうの授業で校外に出て、クラス単位で動くというのがありました。


娘は興味があるものにはすぐに飛びつくため、あっちこっち行ってしまい、常に列から遅れていたそうです。

先生が1人、娘にかかりきりになってしまったそうです。


帰宅後の娘はとても楽しそうでしたが、その後学校からの電話でこのことを知りました。

申し訳ない、娘には言い聞かすと先生には伝えるばかりですが、小1の娘に伝わるわけないですよね…






いま思い出せる限りをつらつらと書いていますが、何がすごいってこの時点で発達障害だと気づいていない点です魂が抜ける


発達障害がどんな症状なのか全く知らなかったんですよね。


さらにここまで酷いのに誰にも指摘されなかったんです。



うちの子、他の子とはちょっと違うな〜とは思ってました。

保育園時代のママ友に「こうなんだけどさ〜」と話すと「うちもそうだよ〜。まだ一年生だしね」と返され、そうか別にうちだけではないのか、と思ってしまいそのままにしてきたのです。

0歳からお世話になった保育園の卒園式。

コロナ禍で行われたため、保護者2名のみ出席でした。


この頃、私は妊娠5ヶ月。

娘も姉になれることを喜んでいました。





保育園の先生たちは娘にとって保育園でのお母さんのような存在でした。


娘は先生が大好きで、保育園に通うことが好きでした。

年長になると少しでも長く保育園にいたいため、定時ギリギリ通園だったのを8時に行き出しました。


保育園は安心できて楽しい場所だったのです。





そんな保育園の卒園式。



卒園児が入場すると、娘はなんと先頭で入ってきました。


満面の笑顔で。





いい笑顔だデレデレ、と思い娘の後ろを見たら、


他の園児、ほぼ全員号泣してました。



ええ!!ポーン

年長で悲しいとかで泣けるのか??!


と私は思ってしまいました。


大号泣の園児たちのあとに、ニッコニコ笑顔の娘を見るととても異常に感じました滝汗



娘は卒園式というイベントを楽しみ、小学校に入学するということにワクワク楽しみにしていたんだと思います。



そんな不思議な空間で行われた卒園式。

園児が順番に言っていく卒園の言葉もしっかり言えた娘を誇らしく思い、先生方との別れを惜しみながら6年間お世話になった保育園を無事卒園しました。





そして、娘が楽しみにしていた小学校入学!


勉強面もそんなに心配なさそうだったので、私も小学校生活楽しんでくれるといいな〜という気持ちでした。




が!!!



まったくもって私の想像と真逆の学校生活になったのですゲローゲローゲロー



保育園とは全く違う学校という環境。

ここは本当に発達障害児には厳しい環境でした。

しかもこの時は娘のことを少し変わった定型時だと思っていたのです。