愛着障害とわかるまで1
お伺いを立てるようになってからは、
母の言うとおりに生活してきたほうだと思う。
そこそこの学力があったのと、
理科の実験の時間が何よりも好きだったので、
理系の研究者になりたいと思うようになってきた。
で、
資格も取れて、研究もできて……ってコトで、
医療系の学部を目指すことに。
"資格も取れて"が条件についてきたのは、
女一人でも生活できるようにしなくちゃいけないっていう母の意見によるものです。
といっても学力の低い地域のために、
地元の普通科高校じゃ国立大学は厳しいということで、
県庁所在地にある私立の進学コースを受けることに。
この頃には、
地元の中学校で、
毛色の変わった喪女状態。
まぁ、現在連絡取ってる小中学校の同級生の友達なんていないw
私立の高校(授業料免除付き)に受かった時に、
一緒に受けた1人から、
『なんでアイツ(私のコト)が受かって、私が落ちなきゃいけないのかわからない』って言われてたらしい。
私は受験の日にもらったインフルエンザでダウンしててその場にはいなかったから、また聞きだけど。
それくらい孤立してた。
他にも……周りにはいろいろ言われたなぁ……
友達と思ってた人には、
『あんたが友達いないっていうから、友達やってあげてるのよpgr』
とか、
『顔はアレだけど、あんた肌だけはキレイよねぇ……pgr』
とか。
本当に、
田舎の子供は残酷だ……

ま、外見や人付き合いに自信をさらになくすには十分だったな。
いろいろ言われても、
高校はもう市外にでるため別だから、
全く気にしないようにしていた自分もいる。
高校生活は……
田舎の同級生と違って、
周りのレベルが高いから、
変なこと言われたりなかったな~
でも、やっぱり私立の高校であるだけあって家庭生活がうまく行ってるコ達が多くて、
家族の話を振られるのだけは嫌だった。
ウチの家が普通と明らかに異なってることに気づいたのも、
母の毒が完全に回って、
父親を我が家の恥部だと思うようになってたのもこの頃か。
一回、急性胃炎になって、
悶絶した日がある。
その時、父は短期失業中。
なので、世帯主が無職ゆえに健康保険がないんですよね。
短期だから国保も入ってなかったみたい。
でも、母は働いていた。
今なら、母の保険にいれてくれりゃいいじゃんと思いますが、
その時は高校生だし、
今ほどネットも栄えてないしで情報がないので知らなかったな。
でも、夜中もずっと痛み続いて寝れないので、
さすがに緊急受診。
100%負担だし、胃カメラもするので、
3人くらい諭吉さんが羽ばたいていなくなった……
この時、母は『アイツ(父)のせいで余計に金がかかった。ただでさえ金も稼いでこないのに!!』って言ってたなー……
今思えば、父嫌いを刷り込むにはいい事例ですねぇ、本当に。
でも、高校生では下宿生活だったのもあり、
おかしいのに激しく悩まされることなかったもので、
大学院の1年になるまでは、
まさか自分が道を踏み外すなんて予想もしてなかった。
3へ続く