機能不全家族で育った私。
そして、未だに自己肯定感は低い私。
昔と比べると、
少しはマシになったとおもいたい。
父はほとんど単身赴任で家にいなかった。
母は怒りだすと感情に任せて怒鳴りつける。
50cm物差しや掃除機のノズルなどで何度叩かれたことか。
父は帰宅すれば、パチンコ三昧。
それで、家に両親が揃うと罵りあいの夫婦ゲンカ。
子供の前だろうがおかまいなし。
バブルが弾けて、土木関係の父の収入がごっそり減ってから、
余計にケンカもひどくなった気がする。
父は給与前借りまでして、自分の好きに使ってた模様。
そんな話でケンカしまくり。
『あいつは何回言ってもダメだ、バカだ』って母はよく言ってた、と思う。
そのあいつの血が半分流れる自分が、
徐々に嫌になっていくにはそう時間はかからなかったと思う。
と思う、っていうのは、
私自身、
高校以前の記憶が虫喰いにしか残ってない。
小さい頃の記憶に至っては、
物心ついてるはずの頃の記憶もほとんどない。
今となれば、愛着障害の特徴なので、
そんなもんかと受け入れてはいる。
私自身は何でもやってみて、
合わないとすぐやめてしまう、
悪くいえば飽きっぽい、
よくいえばチャレンジ精神な性格だと思う。
母は色々いいながらも、
習い事やらせてくれたりしてた。
でも、スタートがどうせすぐ辞めるんでしょ?、みたいな否定入りだった気もする。
変わった家庭環境で育ったのと、
変わり者を嫌う田舎の小学校、
多分、変わり者だったんだろう。
小学校の時は、外見も運動神経もよくないのもあって、
いじめられた。
と言っても、最近の報道にあるような激しいのではないけど、
さらに自己肯定感を無くしてトゲトゲしくなるには十分だった。
習い事に行った先でも、
ハブられることがあり、
それで辞めることも多かった。
そのうち、
自分でやるといいことがないために、
自分で意思決定することに、
恐怖を覚え、
何でも母にお伺いを立てるようにもなった。
自分でやると、だいたい母に怒鳴りつけられてたのもあると思う。
小学生の間は、
学校と家庭のみで世界が形成されているから、
いじめはどうしようもないし、
せめて怒られずに生きることに徹した結果なんだろうな。
2へ続く