お母さん、最後まで強くありました。

家で最後を迎えたい

との気持ちが強く、それを貫き通しました。

壮絶な最後
という言葉がぴったりだったと思います。

それに付き合ったお父さん。

80歳近いのに、つきっきりで看病しました。

なんでそんなに頑張るの?
そんな気持ちでいっぱいになるほど

そんな最後だと思います。

医療のことはよくわかりませんが
現代は苦痛は多少薬でコントロールできると思うのですが

敢えて身に起こることを受けているようにも思えるほどでした。

葬儀も

お母さんの希望通り

質素でひっそりした葬儀でした。

お母さんのエンディングノートの1行目には


皆仲良く手を繋いで人生を進んでいってください。



それぞれの息子には
お客様、患者様相手の仕事なのでそれを優先しなさい。
孫たち、お勉強を優先しなさい。

私のために飛んでごなくていいですよ。自分たちの時間を割かないでください。とのこと。


最後まで周りを気遣う人です。

私の子どもたちも
「おばあちゃん最後までカッコいいね」といっていたほどでした。


ガリガリにやせ細ったけれど、
最後は水が溜まってしまったせいでふっくらとして、以前のようにとても綺麗でした。



事件以降、
自分の実家とも疎遠になっていた夫でしたが

最後は毎日通いお母さんの介護をしたそうです。

途中でお父さんからそれを聞いていたので
私はホッとしていました。


どんな息子でも可愛いはずですから。

それに夫も
どんな形であれ、実家に出入りできるようになってよかったです。

亡くなる前日も
夫がお世話したそうです。
通夜の晩、お父さんと2人で1時間ほど思い出話をしていたのですが

その時に教えてくれました。
夫はほとんど意識のないお母さんの横で添い寝をしたりしていたそう。



「お母さんがこんな風になったのは俺のせいだ」とこぼしていたそうです。


長くなってしまったので次につづきます。