ロレッタ教会はカトリック美術の集大成と言われる1626年に建ったバロック様式の教会です。
日本で結婚式とかに使うなんちゃって教会、いわゆるチャペル的な可愛らしさが外観からは伺えます。イギリスにはこういうのないなー。イギリスの教会はたいてい厳めしい。ヨーロッパの方が町並みや建築物は色が柔らかくてかわいらしい気がする。

お尻の痒そうな天使がお出迎え。
入口で入館料+写真撮影料を払って入るとそこは石造りの回廊です。

この回廊はバロックなだけあって、オックスフォードのクライストチャーチを思い出させる作りなんだけど、天井を見上げると全然違う。
見事な絵画がぐるーっと広がっています。

更に小さな聖堂があったり彫刻や絵画が飾ってあったりして5歩ごとにおぉーっと言う感じ。
四角く中庭を取り囲む回廊を進み、中庭にある聖堂を通ってメインのサンタ・カーサへ。
サンタ・カーサはこの教会の肝になる聖堂で、外壁もびっしりと彫刻が彫り込まれた小さいながらも荘厳な建物。バロック好きの私たちはうきうきと足を踏み入れたのです。
。。。が、入った瞬間2人とも ( ゚д゚) ←こういう顔になってたと思う。
敢えて言います。 ポカ───( ゚д゚ )───ン


絢爛豪華。ぎらぎら。なんと表現して良いのやら。。。
当時カトリックがものすごいお金持ちだったのがよーくわかりました。
そりゃ免罪符とか売ってたからお金貯めてたわけだよね。
美しいを通り越してうへー!!っとしか言いようの無い。。。
聖堂の中はとにかく金の装飾と彫刻、フレスコ画で埋め尽くされていてどこを観ても天使だらけ。
全身彫り込まれた天使もいれば、羽から首がにょきっと生えたような姿の天使も至る所に。
どこをむいても天使がにやり。生きた心地がしません。



この天使はペンチを手にして歯を抜いたばかり。
って事は多分この絵の中にいるのは聖アポローニア。一本ずつペンチで歯を抜かれた殉教者。
歯の守り神です。向かい側にいわずとしれた聖アガサが。ちょいと食傷気味だったので写真は撮らなかったけど、乳房を切り取られた聖人。。。聖画では良く両乳房をお盆に載せた姿で描かれてます。その絵を囲む天使たちもお盆に載せた乳房を見つめてにこにこ。
拷問の上殉教した聖人が多く描かれているからかなー。
この教会の二階はギャラリーになっていて、宝石や黄金ギラギラの聖具や絵画を観られるんだけどなんだかどこをみても「聖なる」と言うより「禍々しい」感じ。
心が清められたり洗われたりッ的分にはなれない教会でした。
私がカトリック育ちだからかな。
禍々しい気に充てられた様な気分でロレッタ教会を去った私たちでした。。
ここでまた話がそれるけど、私はカトリック育ちなんだけど、宗教はあまり好きじゃありません。
宗教って諸刃の刃で人を救う一面もあれば陥れる一面も或る。
宗教戦争の頃の腐敗しきったカトリックなんて良い例で、教典を自分の思う様に解釈すれば聖書の名前の元に幾らでも悪い事出来るんです。
更に何をしても告解すれば神に許されると思ってる人もいる。
許しの宗教は危険な落とし穴が多いし、キリスト教だけでなくても宗教さえ無ければ苦しまなかった、亡くならなかった人は沢山いる。戦争の始まるきっかけとしてもうってつけだしね。
それでも。。。美術、音楽、文学、建築に関して言えば宗教があったからこそ産まれた大作も多い。宗教が無ければそれらが産まれなかったと思うと一概に悪いとは言えない。
信じる「神」と言うものは大きな目で見れば何教でももしかしたら同じ物なのかも。
信じて身を捧げれば捧げる程、素晴らしい物を生み出す力が沸いてくるのかも。
むしろそれは良い事なんだと思うんだよね。
私は宗教が悪い方に傾いた時どんな事が個人に起きるのか、身を以て体感したからいわゆる「教会」に戻る気はないけれど、宗教そのものを純粋に突き詰めるとしたらきっと良い物なんだとは思ってる。つまり、結局は人と心得次第、そう言う事ですね。
後ついでに嫌だなー、と思うのは自分の信教を人に押し付ける事。
それが自分の思っている程素晴らしい美しい完全無欠の物なのであれば、放って置いても人は惹き付けられて行く物ではないですか?と思う。
無理に宣教するよりも、自分を磨けば自然に周りの人がその姿を通して宗教の美しさを知って行くようになる。それじゃダメですか?
そんな事をぼやきながらロレタンスカを歩き、再びストラホフ修道院へ向かう私たちでした。

日本で結婚式とかに使うなんちゃって教会、いわゆるチャペル的な可愛らしさが外観からは伺えます。イギリスにはこういうのないなー。イギリスの教会はたいてい厳めしい。ヨーロッパの方が町並みや建築物は色が柔らかくてかわいらしい気がする。

お尻の痒そうな天使がお出迎え。
入口で入館料+写真撮影料を払って入るとそこは石造りの回廊です。

この回廊はバロックなだけあって、オックスフォードのクライストチャーチを思い出させる作りなんだけど、天井を見上げると全然違う。
見事な絵画がぐるーっと広がっています。

更に小さな聖堂があったり彫刻や絵画が飾ってあったりして5歩ごとにおぉーっと言う感じ。
四角く中庭を取り囲む回廊を進み、中庭にある聖堂を通ってメインのサンタ・カーサへ。
サンタ・カーサはこの教会の肝になる聖堂で、外壁もびっしりと彫刻が彫り込まれた小さいながらも荘厳な建物。バロック好きの私たちはうきうきと足を踏み入れたのです。
。。。が、入った瞬間2人とも ( ゚д゚) ←こういう顔になってたと思う。
敢えて言います。 ポカ───( ゚д゚ )───ン


絢爛豪華。ぎらぎら。なんと表現して良いのやら。。。
当時カトリックがものすごいお金持ちだったのがよーくわかりました。
そりゃ免罪符とか売ってたからお金貯めてたわけだよね。
美しいを通り越してうへー!!っとしか言いようの無い。。。
聖堂の中はとにかく金の装飾と彫刻、フレスコ画で埋め尽くされていてどこを観ても天使だらけ。
全身彫り込まれた天使もいれば、羽から首がにょきっと生えたような姿の天使も至る所に。
どこをむいても天使がにやり。生きた心地がしません。



この天使はペンチを手にして歯を抜いたばかり。
って事は多分この絵の中にいるのは聖アポローニア。一本ずつペンチで歯を抜かれた殉教者。
歯の守り神です。向かい側にいわずとしれた聖アガサが。ちょいと食傷気味だったので写真は撮らなかったけど、乳房を切り取られた聖人。。。聖画では良く両乳房をお盆に載せた姿で描かれてます。その絵を囲む天使たちもお盆に載せた乳房を見つめてにこにこ。
拷問の上殉教した聖人が多く描かれているからかなー。
この教会の二階はギャラリーになっていて、宝石や黄金ギラギラの聖具や絵画を観られるんだけどなんだかどこをみても「聖なる」と言うより「禍々しい」感じ。
心が清められたり洗われたりッ的分にはなれない教会でした。
私がカトリック育ちだからかな。
禍々しい気に充てられた様な気分でロレッタ教会を去った私たちでした。。
ここでまた話がそれるけど、私はカトリック育ちなんだけど、宗教はあまり好きじゃありません。
宗教って諸刃の刃で人を救う一面もあれば陥れる一面も或る。
宗教戦争の頃の腐敗しきったカトリックなんて良い例で、教典を自分の思う様に解釈すれば聖書の名前の元に幾らでも悪い事出来るんです。
更に何をしても告解すれば神に許されると思ってる人もいる。
許しの宗教は危険な落とし穴が多いし、キリスト教だけでなくても宗教さえ無ければ苦しまなかった、亡くならなかった人は沢山いる。戦争の始まるきっかけとしてもうってつけだしね。
それでも。。。美術、音楽、文学、建築に関して言えば宗教があったからこそ産まれた大作も多い。宗教が無ければそれらが産まれなかったと思うと一概に悪いとは言えない。
信じる「神」と言うものは大きな目で見れば何教でももしかしたら同じ物なのかも。
信じて身を捧げれば捧げる程、素晴らしい物を生み出す力が沸いてくるのかも。
むしろそれは良い事なんだと思うんだよね。
私は宗教が悪い方に傾いた時どんな事が個人に起きるのか、身を以て体感したからいわゆる「教会」に戻る気はないけれど、宗教そのものを純粋に突き詰めるとしたらきっと良い物なんだとは思ってる。つまり、結局は人と心得次第、そう言う事ですね。
後ついでに嫌だなー、と思うのは自分の信教を人に押し付ける事。
それが自分の思っている程素晴らしい美しい完全無欠の物なのであれば、放って置いても人は惹き付けられて行く物ではないですか?と思う。
無理に宣教するよりも、自分を磨けば自然に周りの人がその姿を通して宗教の美しさを知って行くようになる。それじゃダメですか?
そんな事をぼやきながらロレタンスカを歩き、再びストラホフ修道院へ向かう私たちでした。
