トイレ休憩と腹ごしらえがすんだところで一路プラハ城へ。
プラハ城へと登る道、ネルドヴァ通りは石畳の美しい道。
レストランやお土産屋さんが沢山軒を連ねていて、いってみれば清水坂の様な雰囲気。
ここは1857年まで住所表示が無かったそうで、それぞれの建物がシンボルマークを飾って区別してたとか。カラフルできれいな建物が多かった。



上り坂きつい!ここまでくるとあともうちょっと。。。


坂道を上るとそこは広場だった。
このお城は世界で最も古く大きい城だそうでギネスブックにも名を連ねているとか。
チケットには色んな種類があって、買うものに寄って観光できる場所が変わってきます。
わが家は二番目に観光できる場所が多いチケットを購入。
面白いなー、と思ったのは建物に入らないのであれば、入場券を買わなくても敷地をぐるっと一周できる事。
時間が無いけどとりあえずプラハ城は観ておきたい!と言う人はそういう訪れ方もアリかと。
プラハ城は色んなドラマチックな歴史の場面になったお城で、時間があればもっと勉強してから訪れたかったなーと思いながら今Wikipediaを読む私。。
創立したのは870年。日本は平安時代の初めの頃。
10世紀には既に今の大きさだったと言うからこれはもの凄い事だと思う。
イギリスも古いものにかけては負けてませんが、大体12世紀くらいからのものが多いもんね。
10世紀とは。。。!
門をくぐってまずどーん!と目につくのは聖ヴィート大聖堂。
926年(日本は醍醐天皇とか朱雀天皇とかの時代)に教会が建ち、11世紀にロマネスク様式に。更に1344年(室町時代)にゴシック様式に立て替えるプロジェクトが始まり完成したのは600年後の1929年。
室町時代に始まった建築が昭和に終わるって言うのはなんとも壮大な浪漫じゃなかろうか。
何世代、何人の人が心血注いで建てて来たんだろう。
改めて言います。行く前に勉強しとけば良かった!!



ひとしきり建築美を味わいますが、順路では一番最後のこの聖堂。
とりあえずは後回しにして旧王宮へ。
聖ヴィート大聖堂の圧倒的な存在感に較べるとこの旧王宮、かなり地味。
16世紀迄は歴代の王様が使用した宮殿だそうで、ロココ様式の建て替えられたのはかのマリー・アントワネットのママ、マリア・テレジアの時代。
大広間はかなり大きさで馬術競技なんかもしていたとか。。。
確かにすごい広さだったけど、馬術競技するにはちょっと小さいんじゃないか?
ちなみにこの奥に簡単な博物館があって、そこの説明によるとわずか三歳の王様もここで戴冠式を行ったとか。

三歳の戴冠式ってどうやってやるんだろう。
とびきり気性の良い子でも、疲れたら急に座り込んだりしちゃう歳じゃない?
とりあえず戴冠グッズを持たせて大事な所だけやらせたら、代理の人が立ってたりするのかしら。
気性の荒い子でひっくり返って癇癪起こしたりするタイプだったらどうするんだろう。
それだったらむしろ赤ちゃんのうちの戴冠しといた方が楽かも。。?
歴史上の幼児に思いを馳せてしまうのもきっと職業病ですね。
意外に地味だった旧王宮を出るとお次は聖イジー教会。
これもまた900年代に建ち、火災で焼失した後1100年代に今の姿になったとか。

ピンクの外観が可愛いけれど、中は意外に無骨です。

石造りの建物が音響が良いから、今はコンサートなんかでよく使ってるそうでこの日もチケットを売ってました。こっちのコンサートも行けば良かったなー。

この次に訪れるのが、楽しみにしていた黄金小路。
16世紀と17世紀に錬金術士や王室の側近が住んでいたと言われる小さな住宅街(実際は錬金術士ではなくて金細工士だったらしい)。
有名どころではフランツ・カフカが一時期住んでたそうです。
スラムだったこの通りを芸術家が住みたくなる美しい通りにした立役者はこれまたマリア・テレジア。女帝ともなるとそういう細かい所にも目が届くんだね。
いかにもヨーロッパの小路!と言う感じのメルヘンな建物が建ち並び、一つ一つは当時の生活を思わせる室内のレプリカがあったり、お土産屋さんになっていたり。
しかし全戸狭い!お針子さんだった人の家には当時の服なんかも飾ってあったんだけどそれがまた小さくて可愛らしくて。。私より二周りくらい小さかったから、当時の成人女性はヨーロッパでも150センチ程度の身長だったのかも。
それにしてもベッドはまるでJRの座席の様な幅。絶対寝返りは出来ません。


二階/三階は全部を繋げて武器と鎧の博物館になってました。
狭ーい通路に只管鎧が並ぶ並ぶ。。武器オタクには血湧き肉踊る光景でしょう。
わが家はそんなに武器には興味なかったけれど、時々変な顔の兜があったりして面白かった。

後は下品な話だけど、大体の鎧って守りたいだろう急所がカバーされてないんだよね。
私だったらぜったいそこ狙って槍突くだろうね、とGと話していたらありました!特注品、急所カバー付きの鎧!

実は二つあったんだけど、絶対こっちの鎧作った人は見栄っ張りだと思う。
鎧はあまたあれど、冠までついてるのはこれだけでした。
夢の様なこの黄金小路を出ると、次はお待ちかねの聖ヴィート大聖堂です。

プラハ城へと登る道、ネルドヴァ通りは石畳の美しい道。
レストランやお土産屋さんが沢山軒を連ねていて、いってみれば清水坂の様な雰囲気。
ここは1857年まで住所表示が無かったそうで、それぞれの建物がシンボルマークを飾って区別してたとか。カラフルできれいな建物が多かった。



上り坂きつい!ここまでくるとあともうちょっと。。。


坂道を上るとそこは広場だった。
このお城は世界で最も古く大きい城だそうでギネスブックにも名を連ねているとか。
チケットには色んな種類があって、買うものに寄って観光できる場所が変わってきます。
わが家は二番目に観光できる場所が多いチケットを購入。
面白いなー、と思ったのは建物に入らないのであれば、入場券を買わなくても敷地をぐるっと一周できる事。
時間が無いけどとりあえずプラハ城は観ておきたい!と言う人はそういう訪れ方もアリかと。
プラハ城は色んなドラマチックな歴史の場面になったお城で、時間があればもっと勉強してから訪れたかったなーと思いながら今Wikipediaを読む私。。
創立したのは870年。日本は平安時代の初めの頃。
10世紀には既に今の大きさだったと言うからこれはもの凄い事だと思う。
イギリスも古いものにかけては負けてませんが、大体12世紀くらいからのものが多いもんね。
10世紀とは。。。!
門をくぐってまずどーん!と目につくのは聖ヴィート大聖堂。
926年(日本は醍醐天皇とか朱雀天皇とかの時代)に教会が建ち、11世紀にロマネスク様式に。更に1344年(室町時代)にゴシック様式に立て替えるプロジェクトが始まり完成したのは600年後の1929年。
室町時代に始まった建築が昭和に終わるって言うのはなんとも壮大な浪漫じゃなかろうか。
何世代、何人の人が心血注いで建てて来たんだろう。
改めて言います。行く前に勉強しとけば良かった!!



ひとしきり建築美を味わいますが、順路では一番最後のこの聖堂。
とりあえずは後回しにして旧王宮へ。
聖ヴィート大聖堂の圧倒的な存在感に較べるとこの旧王宮、かなり地味。
16世紀迄は歴代の王様が使用した宮殿だそうで、ロココ様式の建て替えられたのはかのマリー・アントワネットのママ、マリア・テレジアの時代。
大広間はかなり大きさで馬術競技なんかもしていたとか。。。
確かにすごい広さだったけど、馬術競技するにはちょっと小さいんじゃないか?
ちなみにこの奥に簡単な博物館があって、そこの説明によるとわずか三歳の王様もここで戴冠式を行ったとか。

三歳の戴冠式ってどうやってやるんだろう。
とびきり気性の良い子でも、疲れたら急に座り込んだりしちゃう歳じゃない?
とりあえず戴冠グッズを持たせて大事な所だけやらせたら、代理の人が立ってたりするのかしら。
気性の荒い子でひっくり返って癇癪起こしたりするタイプだったらどうするんだろう。
それだったらむしろ赤ちゃんのうちの戴冠しといた方が楽かも。。?
歴史上の幼児に思いを馳せてしまうのもきっと職業病ですね。
意外に地味だった旧王宮を出るとお次は聖イジー教会。
これもまた900年代に建ち、火災で焼失した後1100年代に今の姿になったとか。

ピンクの外観が可愛いけれど、中は意外に無骨です。

石造りの建物が音響が良いから、今はコンサートなんかでよく使ってるそうでこの日もチケットを売ってました。こっちのコンサートも行けば良かったなー。

この次に訪れるのが、楽しみにしていた黄金小路。
16世紀と17世紀に錬金術士や王室の側近が住んでいたと言われる小さな住宅街(実際は錬金術士ではなくて金細工士だったらしい)。
有名どころではフランツ・カフカが一時期住んでたそうです。
スラムだったこの通りを芸術家が住みたくなる美しい通りにした立役者はこれまたマリア・テレジア。女帝ともなるとそういう細かい所にも目が届くんだね。
いかにもヨーロッパの小路!と言う感じのメルヘンな建物が建ち並び、一つ一つは当時の生活を思わせる室内のレプリカがあったり、お土産屋さんになっていたり。
しかし全戸狭い!お針子さんだった人の家には当時の服なんかも飾ってあったんだけどそれがまた小さくて可愛らしくて。。私より二周りくらい小さかったから、当時の成人女性はヨーロッパでも150センチ程度の身長だったのかも。
それにしてもベッドはまるでJRの座席の様な幅。絶対寝返りは出来ません。


二階/三階は全部を繋げて武器と鎧の博物館になってました。
狭ーい通路に只管鎧が並ぶ並ぶ。。武器オタクには血湧き肉踊る光景でしょう。
わが家はそんなに武器には興味なかったけれど、時々変な顔の兜があったりして面白かった。

後は下品な話だけど、大体の鎧って守りたいだろう急所がカバーされてないんだよね。
私だったらぜったいそこ狙って槍突くだろうね、とGと話していたらありました!特注品、急所カバー付きの鎧!

実は二つあったんだけど、絶対こっちの鎧作った人は見栄っ張りだと思う。
鎧はあまたあれど、冠までついてるのはこれだけでした。
夢の様なこの黄金小路を出ると、次はお待ちかねの聖ヴィート大聖堂です。
