友人が苦節3年を乗り越え医大にうかったので贈り物を買いに行った。
小児科医になりたい彼女に、私はどうしても贈りたいものがある。それはマティ・ステパネクの詩集のシリーズで、全部で三冊ある。どの本かは忘れてしまったけれど、一浪した時にすでに一冊プレゼントした。その時あげたのは第1巻だと信じ、今日2巻・3巻とCDを購入。
私は説明が下手なのであえて彼の紹介は省こうと思うけれど、簡単に言えば1990年生まれの難病の少年でいつ亡くなるのかはわからない。兄が3歳の頃なくなり、それを機に詩を書き始めた。彼の書く詩は生命への憧れと平和への渇望、そして夢に満ちていて本屋さんで手にとって呼んでいるうちに涙があふれて来た。
その彼と、以前紹介(?)したカントリー・シンガーのビリー・ギルマンが組んでチャリティーで作ったCDもある。二人は同世代の天才同士だと私は思う。マティの詩に曲をつけてビリーが歌うのだけど、マティもセリフ(?)で参加している。二人のコラボレーションで詩の世界が広がり、とても感動的に仕上がっている。ビリーも若いのにポップソングや重い歌詞のずっしりとくるバラード、ジャズにはたまたハワイアンまで歌いこなし…。恐れ入った。
マティ・ステパネクはとても賢い少年で、また死と向かい合わせの生涯おくっているためか洞察力が鋭い。私にはとうてい思いつかないような、それでいてとてもシンプルでポイントをついている詩で、明確に思いを伝えてくれる。私の友人がこの本を読んで、勉強が辛い時にがんばってくれたらとても嬉しいと思う。
私が好きな詩を紹介;
旅を信じて (2000)
まいにち
世界のみんなが
すくなくともひとつ
他の人のために
いいことをすればいい。
そうすれば、ひとりひとりの人を
助けてあげられる。
もっと自分を信じて
自信をもてば
ひとりひとりの人がはげまされて
もっともっといいことをしようと思う。
自分のため
ほかの人のために
世界のために。
そんな前むきな姿勢と行動が
ぼくたちの旅のはじまりの1歩。
世界の平和への。
世界の平和と
調和と自信は
なくてはならない。
ぼくたちの未来のために。
がまんの平和(1999)
ぼくはまちきれない
平和を広める人になることが。
ぼくはまちきれない
怒りや悪の問題に
世界が勝つための手伝いをすることが。
ぼくはまちきれない
世界が平和になり
みんながなかよく暮らすことが。
ぼくはまちきれない
大人になって
怒りや悪にうち勝つ事が。
だけど、ぼくはまつよ。
がまんして
希望と平和を胸にして。
うで時計(1997)
ぼくはうで時計をたくさんするのがすき。
理由はふたつ
ひとつは、どれもすこしちがう時間にしておくと
だれも
おくれたり、早すぎたり
時間どおりなんてないから。
ただ「いる」だけになるから。
もうひとつはうで時計をたくさんつけていると
世界中の時間をぜんぶ
ひとりじめしているみたいになれる。
それに考えずにすむ。
時間のおわりや
死ぬときのことを。
もしも……(2000)
こどものうちに治療法が見つかったら
自転車にのったり
ローラーブレードで風を切って走ることができる
自然のなかをながいながい時間、歩くことができる
10代のうちに治療法が見つかったら
免許をとって車の運転ができる
高校の卒業パーティーで
ぜんぶのダンスをおどることだってできる。
わかいうちに治療法が見つかったら
世界中を旅行して平和をおしえられる
結婚して自分のこどもをもつことができる
年をかさねるうちに治療法が見つかったら
めずらしい場所をたずね文化を味わえる
得意そうに孫の写真を見せてあげられる
生きているうちに治療法が見つかったら
いたみや機会がなくてもまいにち生きられる
命にめいっぱいの感謝ができる
天国にいったあとに治療法が見つかったら
天国にいる兄弟たちといっしょにお祝いができる
ぼくもその役に立てたってことを
それだけで、ぼくはしあわせ。
ふつうって(2001)
ふつうって、何かわからない
ふつうだって、変わるから。
このところ
かぎりなく
たえまなく
ここのところ、ずっと。
ふつうって
元気なこと……。
気分がいい、健康
こころもいい感じ。
そんなふう。
ふつうって、そういうことであってほしい。
だけど、それもいまだけ。
ふつうがふつうでなくなるって
わかっているから。
だけど、いつか
どんな理由からか
ふつうでなくなっても
大丈夫。
ぼくは、信じている。
この世のなかのすばらしい仕組みを。
自分の人生を。
孤独の国(1996)
ときどき
感じる。
孤独の国へ通じるかべを
つきやぶってしまったみたいだと。
ぼくは頭のなかで泣いている
こころのなかでも泣いている
だけど涙をださない。
どんなに悲しいか
どんなにこころ細いか
どんなにいつもとちがうか
まわりに知られたくなくて。
いつもいつもこんな気持ちになるわけではない。
わかっているけれど
いまは、こんな感じ。
こんな気持ちにはなりたくない。
いまも。
これからも。
いたみの向こうがわ(1993)
ぼくは窓から外をながめている。
うつくしいものがいろいろ目に映る。
トラック、車
花、草木
そして、人びと。
ぼくは、窓から外をながめるのがすき。
人はとてもうつくしい。
つきまとうもの(2000)
「それ」は、ぼくが1番おそれているもの
さわれないけれど、いると感じる。
ぼくのそばに「それ」がいると。
においも味もしない
だけど、ぼくのふるえるこころに
その声は聞こえる。
家族をうしなってきたからだろう。
何度も、何度も。
ぼくのおそれのはじまりは
記憶のなかのおそれにある。
それを感じると
何度も何度も手でものにさわり
何度も何度も
ドアのカギや電気のスイッチを
チェックする。
おそれにあやつられそうになるけれど
コントロールできるようにがんばる
にげ出したり無視したり
ほかのことに集中することで
ときどき立ちむかうこともある。
たとえどんなにおそろしくても。
ぼくの人生が不安だらけで
ずっとおびえていてもぼくは理解しようとする
「それ」がぼくを支配するなんて絶対にないと。
文法では
「それ」が所有格になることは絶対にないから
所有格には絶対なれない。
そのことがわかれば
あとは強く信じるだけ
「それ」がぼくをつかまえたり
支配したり
キズつけたりしないと。
いつかやっと「それ」を
やっつけられるかもしれない。
そうすればきっとたのしめる。
おそれのない
平和で希望にみちた
おだやかでしあわせな人生を
家につづく道(1996)
家につづく道は
愛のこと。
家につづく道は
いっしょにいること。
家につづく道は
ただの愛ではなく
愛しあうこと。
家につづく道は
ただいっしょにいるということではなく
ほかの人といっしょにいるということ。
とても愛している人と
とてもすきな人と
ともだちになった人と。
いつでも家につづく道は
神さまが教えてくれる
よい行いのこと。