先週は祖父とランチに行った。


最近彼は昔の諜報員時代の話を私にはしてくれるようになった。最期が近いのかな、とちょっと切ないけれど驚きの過去に目を見張るばかり。


「陸軍中野学校」の第一期生なので、人とは違う歴史を生きているんだけれどやっぱりすごい。


彼の人生を記録にするのは宿命だな、と思うのでとりあえずここに記録(笑。


彼と仲間についての本もあるんだけど、今のところ決定版はないし未だに彼らは当時のモットーを守っているので、ジャーナリストは訊き出せないところが多いのだ。実際墓場まで持っていくんだろう。日本の第二次世界大戦の要は、彼らと一緒に葬られるのだ。


「黙して語らず」の強さは今も生きているらしい。




ところで、祖父の人生は波乱万丈…とはいわないけれど私が知っているだけでも割とすごい。


山口県で長男に生まれた彼は中学校四年生の時に養子に入る。


これはいわゆる「お世継ぎ問題」。養子に入った家は日露戦争の英雄の家で、地元には絵巻物が残っている。この家に息子がいなかったから白羽の矢がたったらしい。


その家の子になって数年、「陸軍中野学校」に入学することになる。皇軍レベルの諜報員学校で、第一期生。つまり超エリート。しかし「秘密のエリート」…。




卒業した彼は南米で「大使館の書記官」という地位を被って国の諜報活動をする事になる。


大体22歳くらい。今の私と同じくらいだ。


戦前に、船に乗ってハワイをまわりアメリカ、そしてコロンビアまで行く。南米でも各地を移動して国の仕事をする。そんな彼の邪魔にならないように、という事で養子に入った家のお母様は出航の日自害されたとの事。やっぱり武士の妻は根性が違うなぁ…、考え方も違うなぁ、と思った。




日本郵船の「楽陽丸」にのっての航海。日本人の一等船客は彼だけだった。そんな時代。


ちなみに彼の航海日誌はけっこうおもしろい:


     「嗚呼 日系二世の○○君よ、君はよくハワイでの生活を語ってくれた」


     「アロハオエの調べに故国を想い」…


などなど文豪ばりの記述が多く、彼の性格が偲ばれる。




南米についてからはまあ、伏せておくとして…。


とりあえず写真はたくさん残っている。


今の南米大使の人が幼児の頃の写真だったり、祖父のコメントも上記の要領でけっこう笑えたり。


それにしても彼は物持ちがよいと思う…。


第二次世界大戦が始まってからは危険なので南米各国の日本人大使達と一緒に船で日本に帰る。そこで祖母に会って結婚。同級生のいとことのロマンスでした…。




次の任地は台湾。


日本と台湾の歴史はいわずと知れたことだし、ここでの事は祖父も話したがらないので記録しないでおきたい。ただ、思うのは全て「国」への忠誠心がさせた事だったという事実。


祖父は本当に真面目で頑固な人間だから、ある意味戦争の犠牲者だ。


その時はそれ以外に正しい事などなかったのだから、本当に一生懸命だったんだろうと思う。真面目だったから今その記憶と、良心に苦しめられている。そんな人はたくさんいるはず。




終戦は台湾だった。


台湾から帰国した直後マッカーサーの軍事裁判。


A級戦犯で巣鴨に終身刑になる。


模範囚で10年後に出所。


生まれた時以来あっていない娘はもう10歳だった。




その後は本当に普通に、幸せに生きてる。


彼も含めて、戦争は本当にいろんな人の人生をおかしくした。


祖父だって戦争がなかったらもっと幸せに普通に生きていて、今も健脚だから外国旅行なんかも行っただろうと思う。




私は憲法9条改正は強く反対する。


同時に小泉総理の靖国参拝も反対だ。


世界に反発したっていい事なんて何もないのだ。


国力が強いのは決行だが、力を誇示するのはただの嫌な奴だと思う。




祖父がこんな歴史を持っているから私の戦争に対する印象は他の人とは違うんだけど、やっぱりできればしない方がいいと思うよ…。




と珍しく政治の話(?)でした。


読んだ人コメントしてね。時々来てくださる初めての人でももちろんかまいませんので。