心配事があるとそっちにばかり気が行って、おちおちできない。いつもおちおちしているけど、その内容が違う。

心がここになくて、正面から物事が考えられない。
現場の仕事をしていたなら間違いやら、不出来なものを作っちゃうんだろうな、こういう時。
暇な自分だけの仕事でよかった・・・。
育児中じゃなくてよかった。
そもそも、仕事に心が行かないってのがプロ意識がないったらありゃしない。


それに反して、耳の調子がすこぶるいい。
まったく、ハウリングがなくなった。
左右の耳の聞こえ方もほぼ同じになった。
こういうのを時間薬っていうんだろうか。
あんなに耳が聞こえ難かったのに。
治ったんだろうか?
安心するにはまだまだ早いが。

医者には「平常と比べて何%ですか?」との問いに、
「70%です」とキッパリ答えたんだけど、
こういう時患者はたいがい嘘を言う。
本当は50%だったんだ。つい・・・嘘を言いました。

右耳はいつもの半分しか聞こえなかった上に、雑音があったから正味30%くらいかもしれない。
どうして患者は見栄を張ってしまうんだろうか?

大丈夫ですか?と聞かれると「大丈夫です」と大丈夫じゃないのに、大丈夫って言うのがバカな患者の姿だ。
医者は患者が大丈夫って言ったら「大丈夫じゃない」と気を利かせて欲しいって思ったりする、わがままな私だ。




集中させるためにもここは一つ、家中の掃除でもするか・・・って気になる。
意識を違う方向に飛ばすという「まぎらわし法」。
単なる逃げの形でしかないけど、ついでに家がきれいになったら言う事無いもんね。
ここんとこずっと老眼が進み(30代から老眼)、いよいよ目が見えなくなった。

老眼鏡をつけて炊事をするとギョッとする。
大変なことになる。
汚れが目に付いてしょうがない。
掃除するときはめがねが必要だな・・・と日々の老いを痛感するのだが、見なかったことにしようといそしむ毎日。
驚くほど汚れていて、日ごろめがねをかけて家事しないから、
反省するのだ、こういう時。

でも、その前に、やっておかなきゃいけないことがある。
遠い実家に病人を抱えていると、いつ何時出動しなきゃいけないことがあるかも!を念頭に。

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昨日、寒空に トンビの鳴き声が 聞こえた。^^

そして風邪も ようやく良くなりかけ、独り音楽を聴きながら 昔のことを 思い出した・・・。

美しく語られる 感動的なドラマにも、隠れた影があった・・・・。


1979年 1月に 32歳の若さで この世を去った医師 井村和清氏は、骨肉腫の為に右足を膝から下で切断、のちに 肺に 悪性腫瘍が転移し 若くしてこの世を去った。

そして 氏が 家族に対する思い等を綴った遺稿(原題「ありがとう、みなさん」)が、やがて出版された。

表題の 「飛鳥」 は 長女の名、「サクラ無し出会い無料サイト子」 とは、当時 妻が妊っていた子(次女の清子)のこと。

「死にたくない。生まれてくる子の顔を 見たい… 」

最後まで 生きる勇気と 優しさを失わず、我が子と 妻、両親たちに向けて 綴った 感動の遺稿集で、当時 映画化やテレビドラマ化された。

私も当時 購入し 読んだ。

一人の青年医師の 死にゆく姿が、圧倒的な重量で 無料の出会い系に迫り、日々の思いが 淡々と綴られて、人柄が浮かび上がる。

・・・・・

  [あたりまえ]

  あたりまえ
  こんなすばらしいことを、
  みんなは なぜ よろこばないのでしょう
  あたりまえで いることを

  お父さんがいる
  お母さんがいる
  手が2本あって、足が2本ある
  行きたいところへ 自分で歩いていける
  手をのばせば なんでもとれる
  音が聞こえて 声が出る
  こんな幸せは あるでしょうか

  しかし、だれも それを よろこばない
  そんなこと、あたりまえだと、笑っています
  食事が 食べられる
  夜になると ちゃんと眠れ
  そして、また、朝が来る
  空気を 胸いっぱいにすえる
  笑える、泣ける、叫ぶこともできる
  走り回れる
  みんな あたりまえのこと
  こんなにすばらしいことを
  みんなは 決して 喜ばない

  そのありがたさを 知っているのは
  それを なくした人たち だけ
  なぜでしょう
  あたりまえ


  「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」 井村和清著

・・・・・

この話が 何回も TVに取り上げられるなかで、妻であった 井村倫子さんのインタービューが 印象的だった。

それは こんな内容だった。


『 本を読んだり ドラマを見た方たちが 持つイメージは 彼のほんの
 一面です。
 同じ人間ですから、良いことばかりではありません。
 それらと 全く反対の事も 多くありました。』


それ以上 多くは 語らなかったが、美しく語られる 亡くなった者の蔭で、それを支えてきた 身内の苦しみは 語られない実情を 端的に著しており、私の胸深く響き、共感したものだった。

私は、医師を支えた妻の、思わず吐露した心情を、今でも忘れない・・・。