●芥川龍之介 

よく知られた話だが、彼は大変なヘビースモーカーで、一日に180本も吸っていた。 

ところが、ある時、筆が進まなくなり、ぴたりとタバコをやめた。 

その反動か、食欲が異常に高揚し、ある時期には体重が、なんと25キロも増えた。 

もともと痩せていた容貌が、すっかり様変わりしてしまったため、親友の菊池寛と出会って挨拶した時も、作家仲間の会食のときも、誰も龍之介と気付かず、「どなた様でしたか?」と問われたそうだ。  

また、これもよく知られた話だが、龍之介は大の風呂嫌いで、ほとんど風呂に入ったことが無かった。 

そのためフケが溜まりやすく、執筆中、よく頭を掻きむしるクセがあったので、原稿に大量のフケがつき、編集者を大いに困惑させたらしい。 

そんな風呂嫌いな彼が、執筆に行き詰まると、にわかに風呂に入り、それも1時間以上も入っていたそうだ。 

しかも筆が進みだすまで何度も風呂に入るため、家人が風呂に入る暇がないほどであった。

  


●夏目漱石 

もともと短気で怒りぽい性格だった漱石は、小説の構想に行き詰ると極端に怒りっぽくなった。

とりわけ家人に対して、箸の上げ下ろしや階段の上がり降りが気に入らないといっては、どなり散らす事があったらしい。 

そういう時期は、家人も漱石を煩がって、彼を遠ざけたので、怒りをぶつける相手がいなくなり、執筆に使っていた鉛筆を何十本もへし折ってしまった事があった。 

漱石の家にはよくドロボーが入ったので、人からもらった犬を番犬として飼っていた。 

ある時、その犬が通行人に噛み付いてしまい、巡査から厳重注意を受けたが、この犬を大いにかわいがっていた漱石曰く「犬なんてものは、りこうなもので、怪しいとみるからこそ、吠えるのであって、家のものなどや、人相のいいものには吠えるはずがない。噛みつかれたりするのは、よくよく人相の悪いものか、犬に特に敵意をもっている者であって、犬ばかりを責めるわけにはいかない。」と反撃したそうだ。 

しかし、その後、夜遅くに帰宅した漱石がこの犬に吠えられた挙句、噛み付かれて、袂と袴が破れ、全く情けない顔で、すごすごと家に入ってきた事があったそうだ。 



ところで、私は、ブログのネタに困った時、「文豪がネタ切れに陥った時のクセ」をでっち上げて、ネタにすることがある。 

「ある男が体験した、本当に奇妙な話」 


この奇妙な話は、数前に、実際に体験した本人から直接聞いた話で 

が、東北の、とある山村取材に行った、帰りの夜汽車で体験した出来事です。


彼はこの取材の準備で、一カ月以上も遅くまで残業が続き、精神的にも、肉体的にも疲労の極みに達していました。

仕事を何とか終えて、最終列車にやっと間に合い、ほっとして座席につきました。

肉体的には、疲れてはいましたが、取材で出会った、純朴で思いやりのある村人を思い出し、満足感に包まれた、ゆったりとした気持ちで、車窓を流れる、遠くにまたたく街の明かりを、ただぼんやりと眺めていました。


が乗っていた車両には数人の客がいましたが、読書をしているものや、トランプ遊びに興じている旅行者、仲間と一杯やりながら談笑しているものなどくつろいだ車内の様子でした。

そのうち列車がトンネルへ入ると間もなく、連日の残業の疲れか、いつの間にか睡魔に襲われ、ウトウトと眠ってしまいました。

ふと目が覚めて窓の外を見ると、まだ真っ暗でした。

彼は、「ずいぶん長いトンネルだな」とボンヤリ思ったそうですが、また眠たくなって居眠りを始めました。


再び気がついて、また窓の外を見ると、まだ真っ暗でした。

彼も、さすがに、「なんか変だな?」と思って周囲を見回すと、それまで一緒に乗っていたはずの乗客が一人もいなくなっていました。

トンネルの中に駅がある筈もないので、他の車両へでも移ったのかと思い、近くのドアを開けて隣の車両を覗いてみると、なんと、その車両にも人影がありませんでした。

何か背筋が寒くなるような不気味さを感じた彼は、急いで、さらに次の車両へ移ってみました。

すると、その車両にも、やはり人影がありません。

彼は、もはや、状況が尋常ではないと悟り、揺れる列車の通路を、必死の思いで、ヨロヨロと転ぶように先頭車両を目指して次々と移って行きました。

ところが、やはり、どの車両にも全く人影がありませんでした。

やっとのことで先頭車両についた彼を、さらに驚愕させたのは、運転席にいるはずの運転手まで消えているのに気付いた時でした。

その列車には自分以外、誰も乗っていない、しかも真っ暗なトンネルの中をばく進していたのです。

彼は、これまで感じた事もないような恐怖感に襲われ、思わず「たすけてくれー」と叫び、その場にうずくまってしまいました。

その瞬間、車内の照明が消え、それまで聞こえていた列車のばく進する音も聞こえなくなって、同時に彼は意識がスーッと遠のいていくのを感じました。

ふと誰かが自分をゆすっているのに気がついて目を開けると、そこは元の車両の自分の席で、起こしてくれたのは通路を隔てて座っていた若者でした。

居眠りしながら大きな声でうなされていたので起こしたとの事でした。

彼は夢を見ていたのかとも思いましたが、何か得体の知れぬ胸騒ぎを覚え、吐きもどしそうな嫌な気持ちになりました。

仕方がないので、しばらくして到着した次の駅で急いで列車を降り、その駅前のビジネスホテルに泊ることにしました。

ところがあくる日、何か騒々しい雰囲気に目覚めてフロントへ行ってみると、昨晩、この先の山中で、列車が土砂崩れに乗り上げ、脱線転覆し、たくさんの死傷者が出ているらしいとの事で、TVのニュースでも報道されていました。

詳しく聞くと、その列車は彼が乗っていた列車で、この駅で降りずに、そのまま乗り続けていれば、その脱線事故に巻き込まれるところだったのです。

彼は、命の恩人の自分をゆすって起こしてくれた若者の安否が気懸りでしたが、この奇妙な出来事を、誰も本気にはしないと思い、これまで誰にも話さずにいたのです。

たまたま、先日、私と二人きりで飲んでいた時、ひょんなことで夢の話になり、小声で話してくれたのが、この奇妙な出来事です。

彼はその出来事があった後は、二度とその路線は通らないようにしており、また列車内では、特にトンネルを通過中には、絶対に居眠りをしないようにしているとの事でした。

因みに、私がこの話を彼から聞いた後、古い新聞記事を調べたところ、確かに彼が話していた、その日時のその場所で列車事故があり、乗客全員が死亡したとの記事がありました。

ただし、彼が通った路線には、トンネルなど一つもないのです。