asdrewくんのブログ

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いよいよ念願のキャメルサファリだ。
出発は10:00だが、準備のために少し早めに宿を出た。

換金や食糧調達など済ませ宿に戻ると、すでに二頭のラクダと一人のインド人の青年が僕らを待っていた。

青年の名前はスダマ(定かではない)。二頭のラクダはそれぞれ、アリババ(定かではない)とジョニーであった。

隊列は、アリババがスダマと荷物が乗った台車を引き、その後ろをジョニーがついて行くと言う形だった。
石井君がアリババに、僕がジョニーに乗った。

自己紹介を済ませ、一行は出発した。初めて乗るラクダは振動はなかなか激しいものだったが、目線が3メートルほどの高さにあり、心地よく吹く風もあいまって爽快なものであった。

プシュカルの町を抜けると、背の低い草木がまばらに茂る乾燥地帯に出た。所々に民家の陰が見え、子ども達が顔を出していた。彼らは僕らを見ると、ハローテンルピーと叫びながら近寄ってくるのだった。彼らには僕らが、お金に見いているらしい。

彼らをことごとく無視し、荒野を二時間ほど進んだところで、一旦歩を止め昼食をとった。
僕らがあちこちの写真を撮ったりうろうろと遊んだりしている間に、スダマは手際よく火を起こし、カレーとスパイシーな炊き込みご飯のようなものを作ってくれた。僕は半分ほど残してしまったが、石井君がすべて食べてくれた。

休憩を終え、再び歩き始める。今度は緑豊かな村に差し掛かった。ここの子供たちは僕らを見ると皆一様に手を降りながら、バイバイ、ハロー、ナマステなどと声をかけてきた。お金をねだったりはしなかった。中にはわざわざ名前を聞くために駆け寄ってくる子もいた。旅行者が珍しいそうだ。

皆フレンドリーに声をかけてくるので、なんだか楽しくなって手を振り返していたが、スダマにマハラジャみたいだと言われ、高いところから悠然と手を降っている自分に少し居心地の悪さを感じた。

日も傾き掛けてきた頃に、ようやく集落を抜けた。しかしここまできて歩き疲れたのか、ジョージの機嫌が悪くなってきた。小便を飛ばしてきたり、勝手な方向に歩き出したり、台車にツバを垂らしたりと、暴走気味なジョージのその背中に跨る僕は、気が気でなかった。

そんなこんなで、なんとか今晩の宿営地に到着した。その頃には、日はすでに彼方に沈み始め、あたりは赤く染め上げられていた。

スダマが夕食の準備を始めた。僕らは写真をひとしきり撮り終えると、マットレスの上に横になった。ぼんやりと空を見ていると星達が一つ二つと、だんだん姿を表してくるのがわかった。
夕食の準備を終えたスダマが僕らを呼ぶごろには、数えきれないほどの星が輝き、オリオン座がくっきりとそのすがたを見せていた。

夕食は、プレーンライスとスープに、スパイシーな野菜炒め、ジャガイモ大の団子状に丸めて、砂の中で蒸焼きにしたチャパティだ。なんの設備もないなかでこれだけの料理を手際よく作る彼には関心させられてしまう。

夕食を食べながら彼の腕前を褒めると、彼はレストランで働いていた事があるからだと言った。彼は22歳で、17の時から働いているらしい。石井君が、なぜ今の仕事に転職したのかと尋ねると、弟と妹を学校に通わせるためだと、ぼそぼそと俯きがちに、そう答えた。

夕食が済むと、スダマはすぐに寝てしまった。彼が好きなだけ燃料を使っていいと言うので、僕らは焚き火で暖をとりながらしばらく起きていることにした。
しばらくは中身のない会話をぐだぐだとしていたのだが、石井君が不意に就活なんて茶番だよなと呟いた。僕は、そうだねと答えた。
彼がスダマのことを考えているのがわかる。僕も同じだから。

焚き火の火が消えかかってきた頃、僕らは眠りに着いた。
透き通る寒さのなかで、星がくっきりとした輪郭を帯びて輝いていた。

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目覚めると、八時を回っていた。

ホテルを出る頃には、9時5分前だった。重い荷物を背負って精一杯走ったものの結局間に合わず、アジメール行のバスに乗った。アジメールからプシュカルまではローカルバスで三十分程な上、交通の要衝であるアジメールなら、これからの諸々のチケットも手配できるだろうと踏んでのことだ。

快適とはとても言えないバスに揺られること三時間半。アジメールのセントラルバスステーションに到着した。
まずはここで、アグラー行きのチケットを予約した。

その後、僕はバラナシ行きチケットのキャンセルのために、石井君はデリー行き予約のために、オートリクシャーでアジメール駅に向かった。

列に割り込んだだなんだと揉めた挙句、大幅に時間を取られ、プシュカルに着いた頃には二時半を過ぎていた。
もう多少のことではイライラしなくなっていることに気付いた。
インドだから仕方ないと。

ジャイプールはそんなイライラとは縁遠い町だった。小さな湖を囲むように造られた小さな町は、綺麗ではないが、長閑で居心地の良い雰囲気があちこちに漂っていた。

パラマウントパレスと言う、これまた居心地の良さそうなホテルにチェックインしたあと、町を散策に出かけた。

メインバザールで土産物屋を冷やかしながら歩いていると、湖のほとりに造られた、小さなガートに出た。
そこでは、沐浴をしてる人はいなかったが、夕日が赤く綺麗に町を染めていた。そうなんだ。ここではちゃんと空を感じることができるんだ。

遅い昼食を兼ねた夕食をとった後、宿に戻り、キャメルサファリを予約した。1500ルピーと少々高かったが、せっかくなので泊まりがけのツアーにした。

明日に備えて体調を整えるために、早めに眠ることにした。
やっとまた、旅が動き始めた気がした。

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小高さんにもらった薬のおかげで、熱はいっきに下がり、吐き気や腹痛もなくなった。
しかし、大事をとってジャイサルメール行は中止することにした。

5日の朝、目が覚めると体調は大分良くなっていた。まだ倦怠感や少しの頭痛はあったが、動くのには支障がない程度だった。

とりあえず、気分を変えるためにホテルを移ることにした。

チェックアウトを済ませ、歩き出す。小雨がパラパラと降り、道はぬかるんでいたが、鬱屈とした狭っ苦しい部屋から出ることの出来た開放感で、心は晴れやかだった。

ガイドブックの地図を頼りに目当てのホテルを探したが、三十分近く歩き回っているのにもかかわらず、見つけることができない。何人か通行人に道を尋ねたところ、どうやら地図が間違っているらしいことがわかった。

結局、一時間近くかかってお目当てのパールパレスホテルにチェックインする事が出来た。先のゴールデンホテルとは違い、雰囲気は明るくスタッフも親切で、居心地の良さそうなホテルだった。

ドミトリーに行くと、石井君という日本人学生がいた。彼もこれからどうしようか迷っているらしいので、ホテルの屋上にあるレストランで昼食をとった後、いっしょにバスステーションに行ってみることにした。

ぼくがキャメルサファリのためにジャイサルメールに行きたいと言うと、彼が、ここからバスで三時間ほどのところにあるプシュカルという町でも出来ると教えてくれた。バスステーションで確認すると一日に数本バスが出ているが、予約は出来ないらしい。翌日の午前9時の便に乗ることにした。

その後、二人でジャンタルマンタルへ。わざわざチケットを買い直してまで見ることなかったと言うのが、率直な感想だ。
アイスクリーム入りラッシーを飲んだあと、アンベール城に行く石井君とは別れ、宿に戻った。

宿で二時間程仮眠を取ると、身体がより軽くなったのがわかった。ちょうど石井君が戻って来たので、またいっしょに屋上のレストランで食事をとった。
もちろんインド料理は食べない。

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