こんにちは。
カウンセラー 山田のりまさです。
少しご無沙汰してしまってました。
読者のみなさま、申し訳ありませんでした。
昨日は、大神社展というものに行ってきました。
今年は、伊勢神宮と出雲大社の記念すべき遷官の年。
60年に一度のことだそうです。
ということで上のの国立博物館で全国の神社に納められてる国宝などが
一斉に集められ飾られてました。
1400年頃にかかれた古事記の写しや、最古のもので縄文時代の時などもありました。
日本は、他の国から宗教が入ってくる前は、日本独自の宗教の古神道でした。
万物に神様が宿っているという八百万の神が有名ですね。
御輿も飾ってあったのですが、御輿は神の乗り物として作られてる
とここで初めて知りました。また、八百万の神が自然の中に形なくいるんだよ。
という昔の教えやこの神輿を作ってる時の職人の心境を想像してみました。
神様が万物に存在しているというのは、ある意味誰もいないところでも誰かが見ているよ、
という教えになっている。神様が見ているという意識を持つことで自分の怠けたい気持ちや
少しくらいざっとやってもいいだろう、という気持ちを戒めるためにあるのではないかと
感じました。
また、古代から変わらない文字を使ってるのは日本人くらいらしく、
これを聞いたとき感動して涙が出てきました。
僕たちは大切なものを脈々と受け継いでるんだと感慨深かったです。
平安時代くらいの絵巻物は、すごく綺麗な感じを醸し出してました。
戦国時代付近から絵巻物が娯楽?や芸能を伝えていて、僕は、大切な何かをこの辺りから
伝わってこなくなったのを感じました。あまり心に感じるものもなかったです。
話は変わって、仏教が伝来されるまでは、神様というのは形のないもので万物に宿る
とされていました。仏教が伝来した頃から、仏教の影響を受けて人や神様が
木彫りの人形にされるようになっていきました。
木彫りの人形もあったのですが、個人的には神様を見える形の人形にしたことには、
違和感を感じました。人と神様が一緒の形をしてるのは神様に対して畏敬の念が
感じられなくなってたからです。
聞いた話ですが、仏教を広めた聖徳太子も広めた後に自分がとんでもないことをしたと
気づいと後悔したということです。
神様というのは、自然の中で感じるものだからなのかもしれないですね。
今回の体験で僕は、昔の日本人が本当に伝えたかった目に見えないものを大切にすることを
肌で感じることができて感動しました。
今回、国宝を見に行ったことで一番感じたことは、
本来、日本人として大切なことは脈々と伝わっている。
明治維新後、日本は近代化を目指してヨーロッパから色んな文化を仕入れてきました。
また、戦後、アメリカの影響を受けてこれまた外側にある価値観を入れて今の日本があります。
しかし、やはり、一番大切にしたいものは、内側にしかないと感じています。
昔の価値観に戻ろうということではありません。
大切なものは何かを感じる感性を大切にして、文化の中に溶け込んでいる日本の
魂を大切にしたいと感じました。

