娘にとってNGワードがある。

それは「将来」である。

 

「こんなふうに金遣いが荒いと将来困るから」

「片付けできるようになってないと将来大変だよ

将来を考えて進路を選ぼう」

 

将来という言葉を出して諭そうとすると、

決まってパニックになって、

「もう死ぬからいい」となってしまう。

 

将来について考えることを

極度に恐れているのだ。

どうせろくな未来はないから今を楽しもうという考え。

「将来」を極力無視しようとしている。

 

そんなに将来を恐れる理由の一つは、

自分に自信がないということなんだと思う。

こんな自分じゃ就職できないに違いない、

ちゃんと一人で生活できないに違いないと恐れている。

 

だったら自信つけられるように何かしら頑張ったら?

とアドバイスしたくなるところだが、

その努力ができない我が娘。

 

「努力も才能」という言葉は、本当なんだなと思う。

 

しかしながら、現代の日本は、

はたから見たら怠け者に過ぎない「努力できない発達障害者」にも

福祉の手が差し伸べられるのだから、

すごくありがたいことだ。

 

うちの娘など、

将来は障害者雇用という制度を利用することもできるのだから、

(それもできなきゃ生活保護もあるんだから)

そんなに怖がることはないのに、

と私は思うのだが。

 

ただ、障害者雇用では、

働き方にもよるだろうが、それほど多くの給与はいただけない。

だから、それなりに節約した生活をしなくてはならないのだが、

とてもじゃないが現状の娘にはそれもできそうにない。

 

今のように好き放題オタ活して暮らせない未来を、

娘は見たくないのだ。

 

また、親がそのうちいなくなることを恐れている。

 

片付けも料理も洗濯も掃除も全くできない娘は、

生活が破綻するのが目に見えてる。

年齢的には成人しているものの、

生活全般を母親にほとんど依存している。

 

生活だけではない、メンタル面もかなりの依存度だ。

私は、母親であり、友であり、専属のカウンセラーなのだ。

 

私がいなくなった先のことは考えられない。

だから、

「親がいなくなったら」という将来の話は、

とても受け入れられないのだ。

 

今では、

「ママが入院でもしたときに

掃除くらいできてないと困るでしょ」

という言い換えをしている。

一応ごまかされている娘。

それもそれで不安なものだ😅