「もしかして、アスペルガー……?」

​ある日、妻からそっと手渡された1冊の本。
それが、『もしかして、アスペルガー?と思ったら読む本』でした。


ページをめくると、そこに書かれていたのは、私の姿そのものでした。読んでみて、驚くほどすべてが当てはまる。

​当時、生きづらさを抱え、自己肯定感は底をつき、対人関係に悩み、仕事の激務でうつ状態になっていた私。
「なぜ自分はこんなに生きるのが苦しいのか」その原因が、パズルのピースがカチリと音を立てるように、一本の線でスルスルと繋がった気がしました。

​同時に、強烈なショックでした。

自分が発達障害であるという現実を、受け入れるには相当な時間がかかりました。「妻のために変わりたい」と思ったものの、何をどうしたらいいのか、頭の中は真っ白で全く分からなかった。

妻から言われた言葉があります。

​「あなたは私に気づかない。私からは見えているけれど、あなたの方から私が見えないところにいる」

​その言葉は、今でも鮮烈に胸に突き刺さっています。

頭の中で、こんな光景を想像しました。
『狭い部屋の中で、自分自身しか見えない場所に閉じこもっている私。外から妻が、必死に私に何かを呼びかけてくれているのに、私にはその姿すらうかがえない――』

妻は、私という存在の隣にいながら、あまりのコミュニケーションの断絶に、ずっと一人で孤独と戦っていたんだと思う。

​カサンドラ症候群だった妻と、試行錯誤の末の受診

​妻は限界でした。

パートナーが発達障害であることに気づかないまま、心身ともにすり減らし、孤独に苦しんでいく。いわゆる「カサンドラ症候群」の状態に、妻を追い込んでしまっていました。

病院を探し、予約もすべて取ってくれて、妻に連れられて向かった精神科。
そこで告げられた「ASD(自閉スペクトラム症)」の診断でした。

医師から処方された抗うつ剤は副作用の眠気が酷すぎて体に合わず、仕事にもかなり影響。
認知行動療法やカウンセリングも受けたが、当時の私にはどうも合わず、飽きてしまったのか、それとも興味が持てなかったのか……。

妻の期待に応えたいと思いつつも、通院での出費が大きくかさみ、結果として無駄にしてしまい途中で断念せざるを得なかった。
今振り返ると、当時はどこか現実逃避していて、真剣に向き合えていなかったのかもしれません。

​すべてを失ってから気づいたこと

​当時の私は、どこか他人事のように自分の障害と向き合えていませんでした。
本当に真剣に向き合い始めたのは、別居という形で家族が離れ、子どもに簡単には会えなくなってからでした。

​「真剣に考えていなかった。自分が甘かった」
「大切なものを失ってからでなければ、本当の意味で気づけなかった」

自らの甘さと現実を突きつけられ、「もう前のようには戻れないんだ」と絶望し、どうしようもない後悔に苦しんできた日々。

先の見えない暗闇の中で、自分の不甲斐なさに何度も押しつぶされそうだった。

​あの時の私は、家族と向き合いたいと思っても、自分のことで手一杯で、余裕が全くありませんでした。
「まずは自分が自分の足で立ち、生活の土台を立て直さないことには、家族のことも何も見えない」――そう気づいてから、15年続けてきた筋トレや日々の食事管理を続け、自分の心と向き合い、少しずつ生活を整えていきました。

​そうして必死に自分を立て直していくうちに、ほんの少しだけ「余裕」が持てるようになってきたのです。
​その時、ふと気づきました。
いつまでも過去を振り返って「あの時こうしていれば」と後悔し続けても、失ったものは戻らない。

​大事なのは、過去の過ちを言い訳にすることでも、自分を責め続けることでもない。
「これから先の人生をどう生きるのか」
そして、「これから家族に対して、今の自分に何ができるのか」を一つずつ考え、向き合っていくことかな。