兵馬俑、読み方は“へいばよう”です。

これを初めて見た時のことが忘れられません。

感嘆というか、感激というか、言葉が見つからないんです。

 

一昨日、テレビで、この遺跡が発見された時のこと、それを世界に知らせた人のことをやっていたんです。

1974年に発見されて、中国では極秘にされていたとのことです。

文化大革命の最中で、旧いものがどんどん壊されていた時代だったんですね。

それをアメリカの雑誌に載せた記者さんがいたんです。

1994年だそうです。

 

私が兵馬俑に行ったのは、多分、1990年頃である。

というのは、その頃、西安には洋風のホテルは一つしか無かった。

名前が思い出せないのだが、その一つに泊ったのである。

それから数年して、日航ホテルなどが出来たのだった。

 

私が参加したのはツアーなどではなく、中国と書道を通じて、招待されたような団体に紛れ込んだのだった。

つまり、書道が得意ではないのに、人数合わせで参加させてもらったのだった。

費用は自費で。

 

どこへでも行きたい所に連れて行ってくれるというのに、だれも行きたい場所を言わなかった。

私は知りたいことが山のようにあり、漢詩の世界に出てくる場所に行きたかった。

ただ、ガイドをしてくれた北京大学の方も、知らないことがあった。

漢詩の世界は、すごく古いので一般的ではないようだった。

 

私はまず、西安のお城を回りたかった。

その中に書道の博物館のようなものがあって、連れて行ってくれたのだ。

そのお城は街を城郭で囲ったようなもので、屋上に登ると街が見渡せた。

すごく大きいので、一周はできないが、一部分を歩かせてもらった。

本当は全部、歩きたかったけれど、時間的に無理だった。

 

その後、連れて行ってくれたのが、兵馬俑だった。

まだ、掘り出されたままの形だったが、そのスケールに圧倒された。

手を出せば触れられるような状態だった。

その後、訪れた人によるとガラスで覆われたらしい。

私は万里の長城よりスケールが大きいのではないかと思った。

 

その後、どんどん発掘が進み、他では見られないスケールになっている。

ポンペイの遺跡でもショックを受けたが、それ以上だったのである。

 

ここまで書いて、隔靴掻痒と感じている。

あの感激というかショックを伝えられない私がいる。

表現できないので、今日はこれくらいにしておく。