小学3年生まで住んでいた場所を通りかかった。
私が子供の頃は、すごく長閑で完全に農業地帯だった。
私は今でも、自然が豊かな場所が好きである。
私はそこで生まれ、育っている。
でも、その土地の人間とはいえない。
というのは、両親は戦時中、都内で焼け出されて、この土地に逃れてきた。
大きな農家の一部分を借りて住んでいた。
4家族ほどが一緒に生活していた。
ただ、我が家は隠居所だった所で、独立した一軒家だった。
私たちは大家さんである大きな農家の家の人たちと仲良くしていた。
今になってみれば、借家人なのだが、私はそういう風に感じたことは無かった。
私が大きな顔をしていたのかもしれない。
3年生の終わりに、父が商売を始めるというので、街中に引っ越した。
でも、家同士で仲良くしているのは続いていた。
その一帯が大規模に開拓されて、大きな住宅地になった。
都内から、続々と新しい住民がやってきた。
昔からの農家の家はどこも大きな敷地を持つ裕福な家という感じになった。
中でも、我が家の大家さんであった家は、その地域でも特別な存在だった。
広い敷地に素晴らしい家を建てて、特別に目立っていた。
ただ、そこにお嫁さんが横浜から来て、
土地の習慣などには関心がないらしく、付き合い方に変化が起きていた。
というわけで、私も両親が亡くなってからは、付き合いが少なくなっていた。
今日は、その家の前を通りかかったのだ。
すると、その家が「売り家」になっていた。
唖然とした。
昔からの旧家が「売り家」とは・・・
自分の育った家が無くなってしまったような気分だった。
あのお嫁さんなら、ずっとここに住むことはないかもしれないとは思っていた。
それぞれなのだから、私がとやかく言うことではない。
でも、このショックは何なのだろう?
歳をとって、昔が懐かしく、変化についていかれないのだろうか?