今日は珍しい人からの電話が続いた。

学生時代のサークルの仲間が名古屋に集まっているとかで、

私の話題も出ていたらしい。

呑んでいる人たちが次々と電話をかけてきて、話が止まらなかった。

私が鉄子であることや、川や治水に興味があると知って、

木曽三川の案内を買って出てくれた人もいる。

彼は県庁で治水関係の仕事をしていたそうで、木曽三川の話は大いに興味があった。

そのうち、名古屋に行くことになりそうな気配だ。

 

昨日の公園も、江戸川流頭部という名前が頭に付いている。

省略してしまう人も多いようだが、江戸川流頭部であることが興味深いのだ。

場所は、関宿の一番北になる。

関宿は千葉県だが、この先っちょの公園は、茨城県五霞町になる。

土地の境が変なことになるのも、川の流れと無関係ではない。

 

まずは、お城の形をした関宿の博物館と、女体山が雲に隠れた筑波山。

 

 

 

広々とした気持ちの良い公園の奥の方に、川関係の遺構などがある。

一番目立つのは、トロッコが走っていた時の橋の跡。

トロッコは治水事業が長く続いたので、ひかれたそうだ。

その時のレールで作られた藤棚もあった、

 

 

 

 

使われなくなった水門もあるが、現在の水門は大きい。

 

 

 

 

ここが台風などで水量が多くなった時にはどうなるのか興味がある。

でも、台風の時に川を見に行くのは、事故の元なので行けないことは分かっている。

超広い河川敷が、水害から守ってくれるのかもしれない。

 

ここには大きな木もたくさんある。

それも半端でない大きさなのだ。

まずは入り口から。

 

 

そして、エノキ、椿、モミジ、赤松など。

 

 

 

 

 

最後はハクモクレンなのだが、今は無残な姿になってしまった。

 

 

この前、花の時期に行った時には、左半分は花が咲いていた。

来年はどうなることか、気になっている。

最盛期の写真が何か所かに飾ってあったが、もうあの姿は見られそうにない。

樹木医が手入れをしているようだが、樹齢100年というのは寿命なのだろうか?

 

このブログを書いていて、私の興味は“少年”のようと言われたことを思い出した。

やっぱり女性という感じはしないのかもしれないなぁ・・・