今日は表参道の日だったが、午後から叔母にお線香をあげに行った。
従弟が家にいる時でないとダメなので、午後になったのだ。
叔母の年齢も高く、家族葬も終わって、従弟はサバサバとした感じがした。
息子としての役割を終えたということだろうか。
私の母と姉妹なので、性格も似ていて、介護の大変さは想像に難くなかった。
姉妹両方が突っ張って喧嘩をしていた時期もある。
介護の大変だった話などは、共通のことも多く、お互いに笑ってしまったこともある。
私も従弟も、やることはやったので、思い残すことはないというのも共通だった。
この従弟は8歳下なのだが、電車が好きということも共通している。
昭和41年に私があげた時刻表を、今も持っているという。
昭和41年というと、私は20歳、従弟は12歳だ。
この頃、従弟が遊びに来ると、時刻表を使ってゲームをやった。
例えば、鹿児島から札幌まで、日本全国の県庁所在地を巡って、何時間で到達できるか?
乗り換え時間や滞在時間を決めて、スピードを競うのだ。
この頃は、まだ、私が勝っていたと思う。
でも、考えてみたら、12歳の子と競っていたのだなぁと感慨深かった。
箱根湯本の三線軌条の話も、209系が中央線にいく話も、武田菱の車両が踊り子になる話も・・・
奥さんには悪いが、段々、昔のように呼び捨てになってしまった。
次々に、話が広がって、瞬く間に時間が経ってしまった。
暗くなってしまって、駅まで送ってもらうことに・・・
このところ、昔のことを思い出す機会が続いている。