昨日、横浜にいて地震にあった。

なぜ、横浜なのかというと、う~んと年下の友だちが、

   20年ぶりに富山から出てきたので、横浜に出かけたのだ。


弟みたいな感じなのだが、

      20年も会わないと、顔が分かるかどうか心配だった。

お互いに、髪が真っ白ということで、半蔵門で待ち合わせた。


     


顔が分からないかも、というのは杞憂だった。

話すことがいっぱいあって、まずはおしゃべり。

私が樹木を追いかけているというと、

                 今は何が見たいかと聞いてくれた。

横浜のギンナンと答えて、横浜行になったというわけ。


     

     


その後は、お姉さんぶって、

         港の見える丘公園や外人墓地などを案内した。

通り一遍のベイブリッジ、バラ、アジサイ・・・など。


     

     

     


中華街で、テーブルオーダーの時間制限なしの食べ放題。

これが地震に引っかかることの起こりになった。


昔の話に、夢中になってしまった。

印象的だった、彼の話がある。


40年位前、彼は休みの日には、よく我が家に来ていた。

新入社員の寮暮らしだった。

母が彼を可愛がっていて、夕飯を一緒に食べて、

       私が車で送って行くのが、いつものパターンだった。

彼は今でもテレビでサザエさんを見ると、

             “あぁ、帰る時間だなぁ”と思うのだそうだ。

我が家が自分の家庭のような感じだったとのこと。

今更ながら、彼がその時のことを感謝していることが分かった。


そんなこんなで、しゃべり過ぎて、

        慌ててシーバスに乗ろうと山下公園に向かった。

シーバスで夜景を見せたかったのに、ザンネ~ン!

とっくに船は終わっていて、バスで横浜駅に向かった。


そこで、やっと地震があって、

             電車が動いてないことを知ったのだった。

20年ぶりの再会は、忘れられないものになった。

今度は奥さんも一緒に連れてくると約束した。