サン・ファン・バウティスタ号 ―― 
 この名前を見て何のことか分かる人は宮城県の人ではなかろうか?

これは、支倉常長率いる遣欧使を乗せた船の名前だ。
歴史の教科書で、支倉常長や遣欧使は知っていても、
             船の名前まで知っている人は少ないだろう。
ところが、宮城県の人でこの船の名前を知らない人は皆無らしい。

宮城県に移り住んだ友だちから、
  「地元の人でこの名前を知らない人はいなくて、驚いた」 
                という話を聞いて、私もびっくりした。
その話を、私は仲間の間でしたらしい。

友だちが、朝日新聞の記事の切り抜きを渡してくれた。
1か月以上も前の記事をとっておいてくれたのだ。

その記事によると、
     この船は慶長大津波の2年後に遣わされたのだという。
被災しながらも未知の大海に出帆したのだそうだ。

その船は復元されていたが、今回の津波で壊れてしまった。
その“復元された船”の修復が終わったという記事だった。

400年前、大津波にめげず、前向きに進んだ伊達の黒船。
今、復興に向けて頑張っている人たちに重なるものがある。

この新聞を切り抜いておいてくれた友だちに感謝だ。