四方の海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ

明治天皇

これは明治天皇の御製の一つで
ベンさんがもっとも大切にしているものです。

御製

昭和41年9月6日の御前会議
昭和天皇がこの和歌を引用して質問された経緯が残されています。

昭和天皇

このとても大事な意味を持つ御製を明治天皇がおよみになり
昭和天皇も大事なシーンで取り上げられたのです。

今の世
正に この
お心を大事にして
世界平和を目指したいものです。


この御製について
ベンさんにはとても懐かしい思い出があります

京都工芸繊維大学の洛西寮(円町の近くに有る)に
入っている頃の1966年(一回生の頃)
京都太秦の撮影所にはよく通いました

テレビで 『明治天皇』 が放映されることになり、
その監督は
渡辺邦男さん

その 『明治天皇』 がテレビで放映された時の
バックに「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」と毎週、流されていました。

寮に入っているものの特権で
べんさんらは、早朝からタクシーで
寮から太秦の撮影所まで行き
エキストラの仕事には何度も何度も出させて戴き
御所や嵐山、亀岡などでのロケに参加しました。

当時の日給は700円。
百貨店の直営のバイトでも
日給
が400円から500円の頃
(時間給ではないですよ
 4年後に大学を卒業しての
初任給が月給3万円少しの時代


その日の撮影スケジュールによっては
撮影が短時間で終わる時もあるし

うまく次に別の監督の組に入れたりすると、
とてもラッキー。
一日で2000円位になった日もあります。

アフレコで
ばんざいと数回叫んだだけで
700円をもらったことも

嵐山深夜ロケで寒さに震えたこと。
戦場での戦いシーンで
先輩の頭を刀で強打してしまったことなど、
とても懐かしい思い出が沢山あります

時代劇の時などは大変

ちょん髷のカツラをかぶって
当然に時代劇だから
メガネをかけられない中での
戦闘シーンなどで走らされた時は、
べんさんは足が悪いので
砂利、石ころのところを
草鞋を履いて
大変でした。

本番中に渡辺監督から
「今、こけた奴は誰だ」と叱られたりもしましたが
それらが幸いして
小道具の仕事をさせて戴いて
とても楽しい学生時代を送りました。