うちの療育に通ってる子どものお母さんたちから頻 繁に出てくる、「うちの子普通の子になれる日はくるんですかね?」って。

ふつうってなんだ?(´・ω・`)

あたしは普通?(´・ω・`)

障害ってなんだ?(´・ω・`)

診断がつかなかったら普通?(´・ω・`)


ある日突然診断がついたらその日から「普通」じゃなくなるのかな?(´・ω・`)

あたしは短気で時々かんしゃくだって起こすし、
めちゃくちゃ気持ちにムラがあるし、0or100の極端な発想持ちだし、生きずらさだってある。

ことばが話せるから普通なんだろうか?
人とコミュニケーションが取れるから?
就職できたから?

あたしの弟はダウン症だけど、
就職もしてるしコミュニケーションも出来る。
自分で自分のことも出来る。
人の気持ちを汲み取ったり、真っ直ぐな優しさを差 しのべるのは、むしろ弟の方が得意で*(素敵!)

少なくともあたしの家族は弟を「普通じゃない」なんて思ってなかったし、
ただ単に彼は家族の一員で、助けが必要な部分は当たり前に助けてきただけで、
あたしが助けが必要な時は彼に助けてもらってきたし*

確かに発達障害を持った子どもの子育ては、
心が折れそうになって投げたしたくなる瞬間や、
将来の不安に押し潰されそうになる絶望の瞬間と、常に隣り合わせではあるんだけど。
あるんだけど!

親の気持ちとして、「普通」の子として育てたい、普通級に行かせたい、
それは当たり前の心境なんだけど! それでも。

普通に近づけることが療育じゃない。

障害を治すことが療育じゃない。

ただほんの少しでも、彼らが生きやすくなるように。
自己肯定感をぐーんとのばしたり、みんなが成長してく階段をいくつも細かくしたり。

IQをあげることが目標なんじゃなくて、子どもたちが将来1秒でも多く周りの誰かと関わって笑って生きられたら人生それでいーんじゃないかなぁ*

それより大事なことなんて他にあるのかなぁ? ( ̄ー ̄)

今出来ないことに目を向けるよりも好きなことや熱中しちゃうこと、得意なことをどんどんのばしてったらいーのになぁ*

あたしなんて未だに算数の暗算も出来ないし、地図も読めないけど、
会社には算数の得意な人がいて、
地図読むのが得意な友達がいて、
なーんにも不自由してないし!笑

出来る人がやればいーんじゃないかなぁー*
みんなが出来るようになる必要なんてない*

彼らは凸凹の部分が大きいだけ。
手伝ってほしい凸凹が大きいだけ。
あたしもみんなも当たり前に凸凹で、
みんな困ったら助けてもらうし、困ってる人を助けたりもする。

それでいいんだ*
みーんなおんなじなんて、つまんない。

凸凹をならそうとするから、辛くなる。
平均なんていらないじゃんね。
むしろ自分にない凸凹ってめちゃめちゃ素敵!

もっとにんげんの凸凹をダイレクトに愛せる日本にしたいなぁ*

やりたいことが多すぎて、 あれもこれも手出しそうになるけど、
やっぱりシンプルに、目の前の子どもを笑顔にすることをもっともっと大事にしよう(*^^*)えへへ