俺の名はアスベエル。
悪魔・堕天使・悪霊と呼ばれているようだ。
今日は狸とウサギに憑依した時に感じた話をしよう。

道一本無く、夜になれば月明かりしか無い山奥に「与助(ヨスケ)」とその妻「米(ヨネ)」が暮らしていた。
山には野犬以外に天敵はおらず、食べ物も豊富で幸せそのものだった。
4匹の子供にも恵まれ、病気を患った1匹を除いてはすくすくと成長し、皆巣立っていった。
このころ山には人が住みつくようになり、空が薄明るくなると木を伐る音が山に鳴り響いた。
薄暗くなるころには野犬狩りと称して、鉄砲の音が響き渡った。
「称して」というのは、野犬だけでなく鹿や雉、そして与助の最愛の妻であるヨネまでもが、頭を撃ち抜かれて連れていかれたからだ。
時は流れ1年程過ぎたころ与助に初孫ができた。
名付け親として「米蔵」という名を授けた。
「米」を亡くした与助は米蔵と毎日遊び、教え、たいそう可愛がった。
すっかり爺ちゃん子に育った米蔵は、昨日も一昨日も与助と朝夕暮らした。
3日ぶりに帰った米蔵は、ボロボロになった巣の前で立ちすくんだ。
それは人間に追われた野犬が、群れを成して両親兄弟を襲った残骸だった。
気が付くとさっき歩いてきた道を足元だけ見つめながら歩いていた。
悲しげな眼をした与助がこちらを見ていた。
「与助じい」
何も言わずに抱きしめて眠ってくれた。
それ以来、あの場所へは行っていない。
与助は決して誰のことも悪くは言わなかった。
ヨネとの楽しかった想い出や、生きていくための知恵と正しいことだけを米蔵に教えた。
孫の米蔵が頼れるのは自分しかいないという使命で懸命に生きた。
だが稲穂が黄金色に輝くある夕暮れ、与助は帰ってくることはなかった。
米蔵はまだ子供だったが、山で響いた一発の音の意味が分かった。
誰も戻ってこない巣でジッとしている米蔵は衰弱していった。

俺は衰弱した魂や邪悪な心が大好きだ。
俺は米蔵に入った。
弱っている肉体とは裏腹に強い心を持っているようだ。
信念は大事だが、まずは生きろ。
米蔵に憑依した俺はたちまち空腹に見舞われた。

山を少し降りたところに芋ができている畑があった。
暗い今なら誰もいないだろうから、芋を2つもらって食べることにした。
3日ぶりの食べ物は涙が出た。

翌朝、宿主である米蔵の心も少し晴れていたので、外に出てみた。
ジイと歩いた道だ。
ジイと休んだ草むらだ。
ジイが躓いた石ころだ。
まいったな。米蔵の心が強すぎる。

気付いたら昨日の畑に来ていたが、まだ日が高く明るい。
この日、畑仕事をしている爺さんを初めて見た。
「やーい。ジジイ」
気付くと大きな声で何度も叫んでいた。
これは俺か?米蔵か?
米蔵はそんなに口が悪くなかったはずだ。
しかし俺はこんな無意味な挑発はしない。
どうやら米蔵のジイへの想いが、潜在意識として俺に入り込んでいるようだ。

そんなことを何日か繰り返したある日、俺としたことが畑にしかけられた罠に気付かずに捕まってしまった。
悪いな米蔵。

捕らえられて家の天井に吊るされている最中、昔見た光景の「家庭」を見ることができた。
留守を守る婆さんに「いたずら狸を狸汁にしておいてくれ」と言って爺さんは出かけた。
まあ仕方ないな。捕まっちまったんだから。
ああ俺?吊るされたときに出てきて今は見学してるよ。
普通ならさっさと行くんだが、米蔵はもう少し見てみたくて部屋の隅から見ている。

婆さんに畑の芋の話をしているが、婆さん怒って聞いてないぞ米蔵。
と思ったら聞いてるのか。二人とも里芋について詳しいな。
健康に良いのか、里芋って。
死んだジイへの想いが伝わって、爺さんに里芋饅頭つくってやるって話かよ。
俺の力も借りずに自力で脱出とは、やるな米蔵。

畑の里芋を掘って、囲炉裏でグラグラと湧いている鍋で茹でて、手際よく饅頭に。
俺だけか、分かってるの。お前が里芋と思って掘ってたのクワズイモだぞ。おい。
まあいっか。

オイオイオイ。作り終わったから縛れって、米蔵アホかお前。
狸汁にされるんだぞ。わかってるのか?
大鍋を覗きこんでいるお前を、婆さん後ろから何度も突き落とそうとしていたの知ってんのか?
・・・婆さん縛るの早いな。

ん、婆さんなんでフラフラしてるんだ?
饅頭が1つ減ってる。食べたのか。爺さん待たずに。
(クワズイモは加熱しても消えない毒素があり、喫食するとしびれやめまいといった症状が現れるそうだ)
「あーーー!」
鍋に落ちちまったか。
米蔵そんなに必死に縄ほどこうとしてももう手遅れだろ。
5分程だろうか、もがき続けていると縄を吊るしていた腐りかけの垂木が折れて米蔵は大鍋の中に落下した。
鍋の中は熱く煮えたぎっていたが、ゆであがった婆さんにあたって鍋の外へはじき飛ばされた。

婆さんは嫌いではなかったが、煮えて死んでしまった。
狸は時として共食いをするらしい。生きるためであれば特に変わったことではない。
米蔵は亡くなった与助ジイの面影を、出かけている爺さんに重ねていた。
ジイに喜んでもらおう。
米蔵は縄と垂木を片付け、大鍋の中に浮かぶ着物を取り去り味付けした。
ジイに嫌われてるから婆さんに化けよう。
まだ乾ききっていない着物を身にまとい、婆さんに化けて爺さんの帰りを待った。

疑う余地もなく、爺さんは美味しそうに鍋をつついた。
米蔵は嬉しそうな爺さんを見て久しぶりに暖かい気持ちになれた。
爺さんに鍋を勧められるも、やんわりと遠慮しては笑顔で付き合った。
(狸はあまり肉を好まないのだ)
囲炉裏の炭も灰になったころ、トイレに立った爺さんは饅頭を見つけて
嬉しそうに戻ってきた。
クワズイモで出来た毒饅頭である。
しかし米蔵自身もまだ気付いていなかった。
爺さんと仲良く食べ始めた。
与助ジイと良く一緒に里芋饅頭を食べたのを思い出して涙が出てきた。

突然口元がしびれ始めた。
爺さんも座ったまま定まらない視線でこちらを見て何か騒ぎ立てている。
化けの皮が剥がれた。
クワズイモの毒素はそれほど強くはないが、狸の変身は維持できなかった。
目の前に憎っくき狸が、婆さんの着物を着て座っているのだ。
爺さんが取り乱すのも無理はない。
体の中からはクワズイモの毒素が幻覚を引き起こす。
辺りのものを手当たり次第に投げ散らかし、半狂乱になっている中、米蔵はヨタヨタと逃げ出した。
爺さんは満腹と幻覚の中、疲れ果ててそのまま眠ってしまった。

俺は邪悪な心と巡り合えずに、部屋の隅っこで一部始終を見守っていた。
2~3日もすればこの爺さんに入れるだろうと思い、もうしばらくここにいることにした。


翌朝、木を伐る音で爺さんは目を覚ました。
垂木が折れて壊れかけた天井が目に入った。
婆さんの着物が囲炉裏の横に脱ぎ捨てられている。
すぐに昨日のことが夢ではないと気付き、大声で泣いた。

俺は爺さんが衰弱するのを待っていたが、邪魔が入った。

素早い足を使って毎朝情報をかき集めているウサギがやってきたのだ。
爺さんの話を聞くや否やウサギは言った。
「こんなに部屋を荒らした狸」
「垂木でお婆さんを殴って大鍋に放り込んだ狸」
「私が敵をとってあげます」
俺は見逃さなかった。こいつだ。
悪魔は健全な心には宿れない。
こいつほどの邪悪な心を見逃す手はない。

ウサギに入ってすぐに感じどった。
物事の本質を見る力など無く、世間的に敵と見なせば徹底的に叩き潰そうとする頭でっかち。
こりゃ楽しみだ。

ウサギの情報収集能力と俺の悪知恵で、美人局やバックドアを仕掛けるて弱みを握るなど
山ほどの策が頭を巡ったが、とりあえず平凡な策として狸を芝刈りに誘う
作戦を決行することにした。
楽しみは後にとっておこう。

「狸くん。山へ芝刈りに行かないかい?」
断らんわな。こいつの性格なら。
『カチッカチッ』
『カチッカチッ』
狸が背負っている芝に火ぃ付けたった。w
カチカチって音って何だって聞いてるよ。
「カチカチ鳥の鳴き声だよ」
プッ。まじ卍~うける~
「ボウボウって音かい?ボウボウ鳥の鳴き声だよ」
炎でかっ!
映え!映え!動画とったろ。

「あついっ!あついっ!助けてよ~っ!」

熱がってる~。ざまぁ。
正義の鉄槌じゃ~。

逃げろ~っ。
「最悪~指やけどした~。痛いよ~。クスン」
火付けたときに指にやけどしたって、ウサギ凹んでたな。
狸?背中に一生残る大やけどして歩行障害も残るみたいだ。
この宿主、俺が見込んだだけあるわ。

次の作戦行くか。
正義のために追い込み掛けたれ~。
『お見舞い作戦』これも地味だな。

火傷に塗ったら死ぬほどの激痛が走って、直りが悪くなる成分?
ああね。

「狸くん、火傷は大丈夫かい?薬持ってきたから塗ってあげるよ」
<<相変わらず無垢な心のアホだな。狸のくせに。>>

「うはっ。大げさ~。騒ぎまくって気絶してんの。うける~。行こっ」

そろそろ狸、火傷治ったろ。
凸るぞ~

「狸くん、舟つくったから海に釣りに行こうよ」
「狸くん、こっちの舟乗っていいよ。わたしが造ったの(泥でねw)」
<<米蔵、少しは怪しめや。>>
「もっと沖に行こう~。(深そう~落ちたらやばっ)」
狸、沖に向かって漕いでる。写真撮っとこ~っと。

「ウサギさん、舟溶けてきたよ!?沈む~助けて~泳げないよ~」

ププッもがいてる。
必死な顔、撮れた~。

「ウサギさん、助けてよ~」

あ、沈んだ。ブクブクブクって漫画みたい。
浮いてこないんだ。
死んじゃった?

俺はウサギが死ぬまで憑依することに決めた。

我々一団グリゴリには因果応報や善因善果という言葉は無い。
あるのは悪因悪果、累加するのみ。
この宿主の最期は最高に楽しませてもらった。
今、宿主を探しているのだが、誰かいないか?