少しずつ、自分の今までを振り返ったり
掘り下げたりという作業をしているので

気づいたことなど
ここに書こうと思います

まとまりのない文章ですが
読んでもらえたら嬉しいです




私は、昨年末に離婚したのですが

それまでは24年間専業主婦で

重度の障害がある息子(離婚当時23歳)の事と
家事だけの日々でした

息子は体が弱く
年の1/3ぐらいは入院してる感じで

付き添いも必要とされていたため
(不随意の動きで点滴などをひっかけてしまったり、ベッドの柵に激突したりするため)
一緒に病院暮らし

また、体調が良く学校へ行くときは
医療的ケアが必要なため付き添い
(当時、特別支援学校で看護師さんが派遣され始めたばかりで、足りていない状況でした)

本当に、家と病院と学校が私の暮らしの全てでした

母親がやって当たり前

そう思っていました

というか、

母親なんだから

という言葉で、自分で自分を縛りつけていたし
そう思っていないとやっていられない状況だったのかな、今思えば

疑問を抱いてしまったら
何もできなくなってしまう

何か楽しい予定を入れても
息子が体調を崩して入院したら
全てキャンセル

そんなことが続くと
予定を入れることが辛くなり
いつしかやめてしまっていた

息子の命を守ることが自分の使命で
それが自分の生きる意味なのだと

ありもしない使命とか意味にしがみつくことで
どうにか毎日自分を保っていたような
そんな気がする

きっと、何一つ
納得なんてしてなかった

そんな日々に流されているだけの自分に
自分で
「息子が大切なのだから、母親はわたしなのだから」
と理由をつけて、言い訳して

それが自分の使命で、そこに自分が生きている価値があるのだと

周りの人たちにも
必死にアピールしていたような気がする
「だから私、全然大丈夫!なんの不満もないしこの子の母親として毎日充実してる」
って。



夫は、休日は昼過ぎまで寝ていて
私は万年寝不足で

息子の入院の付き添いも
私がどんなに腰痛に悩まされていても
一晩だって代わってくれることはなかったし

私も頼まなかった


そもそも、自分が何一つ頼まなかったのだから
仕方ない事なのだけと

頼んで、いやいやな感じで代わられるくらいなら
頼まない方がマシだった

でも、そんな毎日に
納得なんてしてなかったのだ

そもそも私が夫になにか頼んだり
言いたいことを言ったりできなかったのは

私が育ってきた家庭の状態が
影響していると思う


それについては、
また、次回