またまた神戸で痛ましい事件が・・・。言葉もありません。
犠牲になった少女の冥福を心よりお祈りします。
まだまだ事件の全容は明らかになっておらず、各種報道からの断片的な情報を自分なりにまとめることしかできませんが、遺体が発見された場所を、県警の大規模捜索隊は捜索していなかったらしいですね。今だから言える、ということではなくて、当たり前に捜査活動をするのであれば真っ先に重点的に捜査をするべきと思われる場所を捜査していなかったとは・・・・。ある記事では警察幹部が当該個所を捜査していなかったことについて、
「たまたまとしか・・・」
と、言い訳になっていない言い訳を。たまたまでそうさしてれば、見つかるものも見つかりませんね。
小学生の子供のことならば、自宅中心にしらみつぶしに、というのは基本だと思うのですが、車で連れ去られて、この近所にはいるはずがないよ、とでも思ったのでしょうか。
もっとやりきれなさを感じるのは、事件の5日後に君野容疑者宅を訪問して自宅の中まで調べていたらしいということ。同容疑者は近隣では怪し奴、アブナイ奴として有名だったらしく、その彼に、どんな理由をつけたのかはわかりませんが自宅内部まで踏み込んで調べたらしいというのは、一応ポジティブには評価できると言える思います。でも、その時は何も発見できなかったという。
ということは事件発生から4日目までの間に遺体は捨てられていたのかもしれないということ。
・・・・なおさら、初動捜査の段階でこの雑木林が捜索対象から漏れていたことが、僕的には残念でなりません。(このあたり、これから真実が明らかになってくるのでしょうが)
今回の遺体発見のきっかけは、パトロール中の警官が異臭を感じたことだといいます。
これを読んだとき、
横山秀夫「臨場」
を思い出しました。
主人公の倉石は、オニ検視官で、腐乱死体の現場に臨場する際も、部下にマスクをするのを禁じているのです。嗅覚も五感の一角を占める非常に重要なものであり、不快だからと言ってその重要な感覚をないがしろにするなど、もってのほかだ、ということです。
この警官がそこまでプロに徹していたというわけではないでしょうが、かすかに漂う甘ったるい腐敗臭にピンと来て、藪をかき分けて遺体の入った袋を発見したというのならば、やはり賞賛に値する行動ではなかったかと推量します。
この事件でもう一つ思い出したのが
「法医昆虫学者の事件簿」(草志社文庫)
あまり気持ちのいい本ではないですが、推理小説や法医学などの興味のある方は手に取ってみては?日本の警察でもこうした手法が採用されているかどうかはわかりませんが、最近この本を読んだこともあって、ちょっとだけ頭をよぎりました。
でも、そんなことよりも何よりも、犠牲者の女の子がただひたすらに気の毒でなりません。
こうした事件を防ぐためにはどのようにしたらよいのか、社会全体でこれまで以上に真剣に考えるべきだと思います。僕自身の考えは、人権派の方々から激しい非難が想定されるものなのであえて書きませんが、一部の国で実行されているらしいですね。
将来の刑事裁判で君野被告人の弁護士がどんな主張を展開するのか楽しみです。
犠牲になった少女の冥福を心よりお祈りします。
まだまだ事件の全容は明らかになっておらず、各種報道からの断片的な情報を自分なりにまとめることしかできませんが、遺体が発見された場所を、県警の大規模捜索隊は捜索していなかったらしいですね。今だから言える、ということではなくて、当たり前に捜査活動をするのであれば真っ先に重点的に捜査をするべきと思われる場所を捜査していなかったとは・・・・。ある記事では警察幹部が当該個所を捜査していなかったことについて、
「たまたまとしか・・・」
と、言い訳になっていない言い訳を。たまたまでそうさしてれば、見つかるものも見つかりませんね。
小学生の子供のことならば、自宅中心にしらみつぶしに、というのは基本だと思うのですが、車で連れ去られて、この近所にはいるはずがないよ、とでも思ったのでしょうか。
もっとやりきれなさを感じるのは、事件の5日後に君野容疑者宅を訪問して自宅の中まで調べていたらしいということ。同容疑者は近隣では怪し奴、アブナイ奴として有名だったらしく、その彼に、どんな理由をつけたのかはわかりませんが自宅内部まで踏み込んで調べたらしいというのは、一応ポジティブには評価できると言える思います。でも、その時は何も発見できなかったという。
ということは事件発生から4日目までの間に遺体は捨てられていたのかもしれないということ。
・・・・なおさら、初動捜査の段階でこの雑木林が捜索対象から漏れていたことが、僕的には残念でなりません。(このあたり、これから真実が明らかになってくるのでしょうが)
今回の遺体発見のきっかけは、パトロール中の警官が異臭を感じたことだといいます。
これを読んだとき、
横山秀夫「臨場」
を思い出しました。
主人公の倉石は、オニ検視官で、腐乱死体の現場に臨場する際も、部下にマスクをするのを禁じているのです。嗅覚も五感の一角を占める非常に重要なものであり、不快だからと言ってその重要な感覚をないがしろにするなど、もってのほかだ、ということです。
この警官がそこまでプロに徹していたというわけではないでしょうが、かすかに漂う甘ったるい腐敗臭にピンと来て、藪をかき分けて遺体の入った袋を発見したというのならば、やはり賞賛に値する行動ではなかったかと推量します。
この事件でもう一つ思い出したのが
「法医昆虫学者の事件簿」(草志社文庫)
あまり気持ちのいい本ではないですが、推理小説や法医学などの興味のある方は手に取ってみては?日本の警察でもこうした手法が採用されているかどうかはわかりませんが、最近この本を読んだこともあって、ちょっとだけ頭をよぎりました。
でも、そんなことよりも何よりも、犠牲者の女の子がただひたすらに気の毒でなりません。
こうした事件を防ぐためにはどのようにしたらよいのか、社会全体でこれまで以上に真剣に考えるべきだと思います。僕自身の考えは、人権派の方々から激しい非難が想定されるものなのであえて書きませんが、一部の国で実行されているらしいですね。
将来の刑事裁判で君野被告人の弁護士がどんな主張を展開するのか楽しみです。