20番地

Facebookで、自慢していたとおり つい、昨日まで

はるばる山形まで行って、自動車の免許を取ってまいりました。


(というか、本免試験は神奈川で受けるからまだ取れてはいないんだけど。)




オートマではなく、マニュアル。

海外でも乗れるので、マニュアル。


視線は、海外。





16日間、半月なんて長いなあなんて思っていたけど

本当に一瞬でした。



というかね、楽しすぎたんだよね。

一緒に行った友達は、例の気の合わない子だったんだけど。



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おうちの目の前は海水浴場。 海、海。







わたし、運転 大好きだった。

免許取らない限り、知ることのなかった 自分の趣味。


特に強い思いがあって、マニュアルにしたわけじゃないけど

マニュアルで取ってよかった!!! 絶対マニュアルのが楽しいもん!




相部屋の自炊プランで20万ぎりぎり切るくらい。

相部屋というか、行ってみたら シェアハウスでした。


2人連れが2組と、4人連れが1組 

先に来ていた1人の子



それぞれ、部屋が分かれていて

キッチン、お風呂、トイレ、洗濯機、冷蔵庫 などは共有。







自炊プランなので、朝晩は各々自炊。

お昼だけは学校でお弁当。





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いやあ、どんなに気の会わない人といっても 楽しかった!と、

胸を張って言えるくらいに楽しい、楽しい、現実逃避(笑)の2週間でした。


連れだけが、つらかったな。←






それ以外は、


運転するのも、勉強するのも、寂れたスーパーでお買い物するのも


田んぼの中お散歩するのも、毎日6時に起きるのも、たまに遠出して観光するのも



ぜーんぶ、すっごく 楽しかった!











教官も素敵な方々ばかりで。

山形訛りは、ちょっとまいったけどさ。


アドバイスしてくれているのに、理解できないんだもの!(笑)



素敵な教官にも出会えたし(´ω`)

といっても、おじさん趣味な私の「素敵」は50代ですよ(笑)


教習所の教官に恋するパターンて、よくあるらしいね。

いや、恋というか、私の場合ファンw ただの、ファンw


かっこよかったなあ。本当。






でもさ、たかだか 2週間なんて

ようやく仲良くなってくるころで、ようやく自分の話もできるようになるころでしょ?



ある程度 運転も出来るようになって、ある程度無駄話をしながら 乗れるようになって


ようやく、ようやく、この人ってこんな人なのかもしれない ってころ、さよなら。






私たち教習生は免許を取りに行っているわけだから、教官なんて

その場で、適当に付き合って 教えてもらえればいいのかもしれないけど


方や、その教えている教官たちは 2週間で去ってしまう合宿生を

何度も迎えて、何度も送り出しているわけじゃない。




それて、すごく悲しいことだなあとおもって。

悲しい、というか すっごく寂しいんじゃないかって思ったの。




通いで、取る人は2ヶ月でも、3ヶ月でも 会うことが出来るかもしれないけど。


私たち生徒の方がそうであるように、教官も一時の「生徒」として接するなら

そんなことはないのだとおもうけど。













私は、高校生以来で毎日同じ人に

おはようと言って、

同じ勉強をして、

一緒にご飯を食べたの。


それもあって、楽しかったんだと思うんだ。







夏休みも終わりに近づいて、私たちが通い始めて1週間もすると

毎日、毎日、合宿生は帰っていった。



その度に、先生方はお見送りに出てて。


みんなに好かれてた、おじさん教官は バスが出た後、ひっそりと涙をぬぐってた。






3月とか、8月とか 合宿生がいっぱい来る時期なんて

本当に毎回、毎日 新しい教習生が来て 別れがあって






とても、たくさんのこと たいせつなこと 教えてくれる大きな存在な はずなのに、

彼らは、結局 私たちの人生の切れ端でしかなくて。


同じように、私たちだって 彼らの人生の切れ端でしかなくて。

彼らの仕事は、そうやって送り出すことが日常なんだと 思ったら、







それって、もしかして とても とても 寂しいことなんじゃないかって


なんだか泣きそうになった。





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私は、ただ 免許を取りに合宿に行った ただの教習生でしかないのだけれど

彼らの人生の中の切れ端でしかないのかもしれないのだけれど



彼らのことを知りたいと思ったし、もっと 彼らの元で 勉強したかった。


いろいろ、教えて欲しいことがたくさんあった。







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私って、たまにこうなのよね。

楽しいことがあった分、終わってしまうと


自分でも馬鹿らしいくらいに 感傷的になってしまう。








そんな別れは、人生の中で日常茶飯事 当たり前に経験してきていることで

これからも、たくさん たくさん 経験することなのに。




その度に、こんな風に悲しくなっていては 疲れるばかりじゃないかとわかっているのに。










でも、結局は 私だって他の誰かだって その人の人生の切れ端でしかないんだよなあ。