大きくなったのは背中か態度か
飲み会で、ポロリひと言。
『どんとしたよなぁ、お前』
逆に言いたいよ、『そっちこそ』って。
彼が私のもとを離れて既に半年が経過し
彼は彼なりにマネージャーとしてチームを従え、
私は私なりに妹たちとともに師匠に鍛えられた模様。
少しづつだけれど経験も積み、ある程度のことには動じなくなった。
2009年の年も、決して無駄ではなかった。
最近また頭が回らないことが多くて、ちょっとだけ生き方に迷いがあったのだけれど
誕生日には先が見えなくて泣き通しで、どうしていいのか分からなくなったけれど。
大丈夫、この一年で、私はちゃんと成長できている。
そう思えることがどんなに有難いことか。どんなに幸せなことか。
嗚呼、私はちゃんと生きているんだ、と。しみじみ。
CX2
デジカメラを買った。
ずーっと欲しかったRICOHのGR・・ には手が届かず、CX2。
携帯電話の発達した中で、i-phoneでカメラも兼任させるかちゃんと買うかで迷いに迷った挙句の買い物。
現代的とはいえないどっしりした重量感と渋いフェイスが素敵。
1cmまで接写可能は近づきすぎな私にはうれしい。
初めてデジカメラを手にした高校生のころを思い出す。
今よりも5倍以上大きくて重い初期のそれは、もともとカメラ好きだった私には本当に画期的なおもちゃで
他愛もない毎日を鮮やかに切りだしてくれた。
自分なりの好きな構図とか、色の組み合わせとか
なんかかんか色々考えながら、そうして感性を磨くことをしていたんだろうな。
さて、カメラもってどこ行こう?
耕された畑でこそ作物は育つ
今日、仕事で怒られて(というかぴしゃっと指摘されて)ものすごく落ち込んだ。
それはただ、“自分が何にも知らない、何にもできない”という事実に直面したから。
そんなことはそりゃあわかっているのだけれど、日常にいるとある程度何でもできる年代になってきているから気づけないことも多い。
それが恐ろしい。“自分はできる”なんて錯覚してしまう。
今日は、考えて考えて考えて結局自分の枠を出ることができなかった。
教わらなかったら絶対気づくことができなかった。
その事実に直面したとき、その自分がどうにも悔しくて、どうにも涙が出た。
今日もまた一つ勉強させてもらった。
将来の働き方のひとつとして、自宅で何でもできるようになるのだろうけれど(実際もうそうなっているし)
顔つき合わせて考えさせられたり指摘されたり怒られたりってのは会社でないとなかなかできない。
張り詰めたmtgの時間、自分がまわらない頭をこねくりまわしても何か言葉を発しないと進まないぞという空気の中で、言われた言葉、気づいたことというのは、多分一生忘れないのに。
私が独立できないでいるのはそれもある気がしている。
ひとりになると多分なんでもある程度できるのだけれど、指摘してくれたり怒ってくれたりする人は格段に減る。
その分新たな出会いとかももちろん広がるだろうけれど、この未熟な知識と経験の中で、自分がこの先食べていけるのか、とても不安。
成長はここちいい。落ち込むこともあるけれど、お給料もらいつつ教われることに感謝しなければいけない。
来年からはもう少しひとりになってしまうのだから。
クリエイティブな脳からできるもの
枝をもらったのでささやかなクリスマスツリーをつくってみた。
1本の木の枝ぶりの、どの角度から見るのが美しいか、部屋に合うのか
じっくりと見ながら、オーナメントを足したり引いたり。
クリスマスツリーは派手なものが多いけれど、
それが似合う空間でなければ折角のクリスマス気分もゲンナリ。
モミの木じゃなくたって、緑と赤じゃなくたって、お星さまがついてなくたって、
この部屋に合う、今年のクリスマスツリーはこれだ。
ワイヤーやらねじやら使っておよそ1時間もかからない作業だったのだけれど、
クリエイティブ脳と手と身体を使って考えた世界を表現する時間を久々にすごした気がする。
日々の仕事だってもちろんクリエイティブな面はあるのだけれど、
100%自己満足の世界でのそれは何か違うのだと思う。
脳が気持ちいい時間だった。
自分が考える世界を自分で表現できること、
自分が作ったものがいいと思えること、
それって、とても大事だ。
本屋に行くことの意味
本が並ぶ場所にいくと、ここちよさと同時に気が遠くなる。
“こんなにも自分が知らない世界がたくさんあるのか”と。
テラスでワインを呑んでいたら「坂の上の雲」を皮切りに歴史話になり、気持ちよくなってそのまま神保町の本屋街を歩いてみた。
この街を歩くのは初めてで、いつもタクシーから見ては疑問に思ってた。
本を扱うのはいわゆる本屋で、本屋は本を扱うから本屋で、
本屋はどんな本だって売ることができるはずなのに、違う本屋が隣り合って営業できてるってどういうこと??
歩いてみて知った。
1つの本屋の本棚が専門分野の本だけで埋まってしまうという世界を。
そうして手元には・・・
- 三国志 (1) (吉川英治歴史時代文庫 33)/吉川 英治
- ¥798
- Amazon.co.jp
ずっと興味あったけど読んだことなかったな。 - 男の子はみんなこの本を面白いという。
- そして経営者たちも面白いという。
トラッシュ (文春文庫)/山田 詠美
- ¥780
- Amazon.co.jp
一年前、この中の一文を投げかけられたことがある。
いい言葉だった。そして泣いた。
- イタリアからの手紙 (新潮文庫)/塩野 七生
- ¥420
- Amazon.co.jp
- 出だしの数ページにやられた。
- 海外が舞台になってる小説はよく読む。
- 甘苦上海IV/髙樹 のぶ子
- ¥1,050
- Amazon.co.jp
実家で1巻を手にしてからマッハで読んだ。 - いよいよの最終巻。仕事の山越えてからにしようと思ったのだけど。。
それからそれから、
・忍者のすべて/新人物往来社
多分これは絶版。というか、雑誌の類だから再版しないのか。
プレミア価格ついてたし。
本は重いし本屋に行ってもなかなか求める本が見つからなくて
いつもはamazonでスピーディに済ませてしまってるのだけれど、
こういう街をたまに歩くといい本に会えそう。
自分をよく知ってる本好きのだれかと一緒に巡るのもいい。
自分が好きそうな本で、でも自分が知らない世界の本をその人の観点で選んでくれる。
そういう、ニアイコールみたいな絶妙な領域って、amazonにもないし本当に本をよく知ってる人でないと出てこない。みんなの頭の中にある知識を集めてそんなサービスができたら、本はもっともっと売れるだろうに。
でもって、〆はこの店でコーヒーフロート飲みながら、買った本を読む。
素晴らしい一日だった。
失敗は忘れられない記憶になる
久々に、人生における失敗を経験。
受験に負けたときと同じような“自分は馬鹿だ”という後悔が3日間続いた。
慣れによる甘さという、未熟な人間ならではの習性が、引き起こした。
何度思い返しても後悔。私は馬鹿だ。
自分のために力を注いでくれた周りの人に対して
自分がしてしまったあまりにも失礼な態度。
恩を仇で返すような仕打ちは傷つけてしまったに違いない。
仕事に対する姿勢だけではなく、そこに力を貸してくれた人に対する姿勢。
甘くみたのは、彼らを甘くみたに他ならない。
ちょっと考えればものすごくおかしなことだと分かるのに、
集中力の途切れた一瞬、おかしなことになっていた。
自分なりの理由はあるけれど、そんなもんは言い訳でしかない。
言い訳はどうでもいい。
多分、これは20代最後の大きな失敗。
失った信頼は取り戻せないけれど、このままにするのは絶対に嫌だ。
取り戻せるとも思わないけど、泣いてすごすのも後ろ向きに仕事するのもまっぴら。
後悔の中で考えた結果、やっぱり私は私の仕事をするしかないと言う結論に行き着いた。
これまでの姿勢を評価されてここまでしてもらったなら、
失敗を繰り返さないことだけを記憶に刻んで、これまでの姿勢を貫くしかない。
もう助けてくれることもないのかもしれないけれど、それは自分がしたことのツケだから仕方ない。
自分の未熟さを再確認した出来事だった。









