10年ぶりくらいに、勉強のために公立図書館へ立ち入ったのですが、良い場所ですね。

本だらけってワクワクします。

あまり読むほうではないのですが、それぞれの本の中では様々なストーリーが繰り広げられていたり、膨大な資料が凝縮されていたり、知らない人の何年も何十年も前の人生観だったり日常だったりが淡々と記されて残されていたり。

それらは、それぞれに数センチという紙の束の中で繰り広げられている、そう考えるだけで楽しめてしまいます。

図書館という場所は秘密めいた雰囲気もあるので、そんな感覚をより一層掻きたてるのかもしれません。

 

 勉強や、他のことをしているときによく陥る感覚があります。

それなりに心地の良い時間を過ごせている時でも、おもむろに過去の失敗だったり、嫌な思いだったり、そういった経験や感情がグワ~~~っと湧き上がってきて、気分が急降下することがあります。めちゃくちゃ頻繁に。

図書館で集中して勉強できていたのに、急にグワ~~~~~が来て手が止まったりしました。

 

 湧き上がるグワ~~~~ってのは、保育園時代のものだったり、最近だったり、時期はバラバラです。

一貫していることは、「怖い思いをした」「恥ずかしい思いをした」「後から考えて非常識だった」と、ストレスを感じたことで、普通に考え直せばそこまで気が沈むことでもないのに、何故か発想が極端になってしまい、気分はダースベーダーさん。といった方向に落ちてしまうのです。

 

楽しい時にも一気に水を差されて、心は氷点下。

自分らしくのびのびやってみよう、と勇気を出して羽を伸ばしたはいいが、後で非常識だったとレッテルを貼ってしまい、心は氷点下。

 

このグワ~~~~が、ポジティブな心をいつも引き戻し、無気力ゾーンが発生するのです。

 

 自分の生活の妨げになっている要素NO,1です。

 

 そして、将来への不安要素もNO,1です。

 
どうして、こうまで嫌な思いは残ってしまうんでしょう。
嫌な思いをちゃんと処理できていない自分の不器用さもあるんでしょう。
 
その経験を実のなるものにできていたり、笑い話にできていたり、日頃の行いで「そんなことはきにすることではない」とうまく切り捨てるシステムをちゃんと構築できていたり。
それができるということが、ストレスを発散できるということだと、自分は考えます。
 
 なら、積み重なりこびりついたストレスは、どうすれば解きほぐし捨てることができるのでしょう。
それを見つけて、取っ払わないことには、自分はいつまでたってもこのグワ~~~~に足を引っ張られたまま、引きずり込まれないようにジッと動かずに耐えるしかないのです。
 
 今の場所で、生活で、自然とやっていける方法ってないものか?
 
嫌な経験だから、恥ずかしいと決めつけていることだから、胸の内に閉じ込めている。
ならば、開示することで認識を変えることができるのかもしれない。
 
ブログを活用して、自分の凝り固まっている部分を開いてみたらどう?
 
と、結論に至る。
 
(ほんとうに、こんなことは若いうちに昇華させておきたいことなのになー)
(あー恥ずかしい)←これだよ、こういうのが積み重なってグワ~~~~~になるんだよ