10/9〜10/12まで、鹿児島、宮崎、熊本へ、結婚25年の記念旅行をしてきました。娘が20才になった去年から、旦那と二人で旅行に行くようになりました。

(娘はおうち生活なので…)


1日目

天文館散策&西郷さん銅像→城山展望台→仙巌園→霧島泊

2日目

霧島神宮→鵜戸神宮→サンメッセ日南→青島→宮崎市内泊

3日目

天岩戸神社→高千穂神社→高千穂峡→阿蘇中岳火口→草千里ヶ浜→阿蘇泊

4日目

大観峰→押戸石の丘→熊本城









旅行から帰ってきてすぐに、高校担任の米寿のお祝いがありました。先生は、昨年亡くなった母親の先生でもありました。大人数でワイワイする気分でないけど、やはり気にはなり迷ってました。複数の友人から直接連絡もらい行くことに。行って良かったです。
米寿=88才なので、足腰が弱ってる事を想像してたけど、元々体育先生で、今も高齢者向けの体操教室をしてるせいか、背筋もピンとしてらして年齢を感じさせない姿にびっくりでした。

先生より若くして亡くなっだ母親のこと、母に続けて私より若くして亡くなった弟を思いだせずにはいられませんでした。

旅行や推し活で、現実逃避し楽しければ楽しいほど、現実に戻ってきた時の落ち方が大きい事を、最近気づきました。



娘が人と関わらなくなって、外出もままならなくなったこの5年以上もの間、娘と外食することも買い物行くこともなかったです。

出かけたといえば、葬儀や49日法要、お墓参りや病院と必要に迫られてのみ。あとは近所の初詣ぐらい。

数年前に比べると、食事もちゃんととれるようになったし、表情も明るくなったし気持ちも落ち着いてるようにみえるけど、まだまだ人と関わったり外出自粛するのは難しそう…


ある日、娘が靴が欲しいというので、イヤだと言われるの承知で涼しくなったら買い物行ってみる?と言ったら、珍しくうなづくので、5年半ぶりに買い物に行きました。歩いて15分ぐらいの小さなショッピングセンターに。

他の人からすると、日常のことで特別なことじゃないけど、私や娘からすると大きな事でした。

夜になって娘が、「今日楽しかった」という言葉を聞き、少し嬉しかったです。緊張して怖かったんじゃないかと思ってたので。





今日は、亡くなった弟の50歳の誕生日でした。

あっと言う間に3ケ月経ちました。

色々相続の手続きをしていると、弟が一生懸命働いて得たものを、もらって良いのか?という思いになります。

倒れる寸前に電話くれたのに、出れなかったために半日たち、助けてあげる事が出来なかった。

倒れた事を知らせたかっただけかも知れない、だけど最後に電話もらった側からすると、苦しい、助けて、のメッセージだったとしか思えません。


先日、AfterLifeという舞台を見ました。

たった一つの思い出をもって、永遠の時間(あの世)を過ごすとしたら、どの思い出を選ぶかというものでした。

私が、すぐに浮かんだ思い出は娘が生まれた日です。

私自身は出産でそれどころじゃない状態だったけど、両家族が生まれるのを心待ちにし、幸せに包まれた日だと思ったからです。

今は亡き、旦那の両親も私の母も弟も、21年前の4月4日は元気でいたから。