水曜日。
宇ち多゛で一日の労をねぎらい、煮込みと梅割りを交互に飲りながら、人生という名の苦味を少々洗い流していたところ、スマホが震えた。
娘からのLINEである。「今日は早く帰れる」
その一文を読んだ瞬間、私は急に素面になった。酔いが引いたのではない。父性が発動したのだ。ここ最近、娘は残業続きでまともに顔を合わせていなかった。ならば今日は早く帰って、久々に一緒に晩飯でも……と殊勝な決意を胸に、立石の誘惑を断ち切り、京成電車に飛び乗った。
ところが途中、再びLINEが。
「イトーヨーカドーで化粧品買ってきて。今日ハッピーデーだから」
……おい。
宇ち多゛の梅割りに霞んだ頭が一瞬で覚醒した。おそらく「父の財布もハッピーデー」という意味であろう。しかし可愛い娘の頼み、断れるはずもない。
ヨーカドーの化粧品コーナーで、私のような中年男がマスカラやらリップやらを手にし、店員に「このマスカラって“ボリュームタイプ”ですか、“ロングタイプ”ですか」と聞く姿は、もはや罰ゲームである。どうか周囲の視線に晒される中年男の絵を想像してみてほしい。店員の一瞬のまばたきが、私の尊厳を削っていく。羞恥と滑稽の二重奏、ここに極まれり、である。
私は、よく堪え難きを堪え、忍び難きを忍び無事にミッションを完遂した。「買ったぞ」と報告すると、娘から「今東京駅。あと40分で着く」と返信が来た。となれば、少し先で待つのがよかろう。
昨日オープンしたばかりの「鬼平せんぎょてんNEO我孫子店」を思い出し、暖簾をくぐることにした。
驚いた。
北小金や五香の店舗では入店まで一時間待ちも珍しくないという人気店なのに、奇跡的に空席がある。神は、酒飲みにもたまには微笑むらしい。
席に着くと、まずは黒ホッピー。
お通しは鯵のなめろう。ねっとりとした鯵の旨みが、味噌の香りとともに舌に絡みつく。
炙り明太子で二杯目。
いかげそ唐揚げで三杯目。
中(焼酎)を二度おかわりした頃、ようやく娘が現れた。
ラストオーダー30分前、父娘の乾杯が叶う。
娘は秋刀魚刺しを頼み、
私は秋刀魚塩焼きを選ぶ。
(盛り付け方は大目にみることにする)
炙られた皮の焦げ香が、秋の夜気と混ざってたまらない。
そして締めにトロ鉄火巻き。
海苔の香りと脂の甘みが、まるで父娘の絆を象徴するように調和する。
「お父さん、今日はありがと」
たったその一言で、梅割り三つ半よりも酔いが回る。酒とは、酔うためにあるのではない。人と人の間を、温かくつなぐためにあるのだ。









