2月のヤマトタケル。


隼人のヤマトタケルは、勇者だけれど、どこか寂しさを感じました。久しぶりに見た「ヤマトタケル」、蝦夷の討伐場面はなくて第三幕はこんなに寂しいものだったんだと。伊吹山での山神征伐で負った傷のために、大和の国を目前にして命が尽きるタケルの姿がとても痛々しかった…。夢の中でも父の帝は、タケルの問いに答えてはくれない。隼人タケルは、タケヒコ(福之助)やヘタルベ(歌之助)や家来たちに、自分の想いを語る姿が悲痛…切なく悲しい話はやっとラストの宙乗りで浄化される感じがしました。隼人タケルは長身で華麗でありながら雄々しかった。


團子のヤマトタケルは、純粋でピュアな勇者でした。
祖父猿翁=三代目猿之助が初演時に40代で演じた役。團子は20歳。等身大の若々しいヤマトタケルを魅力的に演じていました。気合いも半端ない感じでした。弟橘姫を喪う時の哀しみ、叫びにはとてもピュアな愛を感じました。父の帝(中車)と断絶、無理難題と思われる討伐にも前向きに向き合う姿には猿翁=三代目猿之助の役者人生も重なります。「幼い頃から普通の人々が追わぬものを必死に追いかけたような気がする。…天掛ける心、それがこの私だ。」は、お祖父様猿翁の遺言のような台詞。それを孫の團子タケルが懸命に演じていることに感動❗この役のために体力もつけ、少しふっくらした顔、眼差しに猿翁の面影も確かにありました。

考えてみると、四代目猿之助、中車、團子襲名の時には、ワカタケルだった少年が青年となり、頑張っている、若いエネルギーが溢れる舞台でした。それは、他の役、米吉の兄橘姫、弟橘姫・福之助のタケヒコ・歌之助の熊襲弟タケル、ヘタルベも同じ。代替りした若さのエネルギーと、それを支える笑三郎、笑也、錦之助、猿也、青虎の経験知が「ヤマトタケル」を更に強いものにした気がしました。帝を演じた中車は、どんな気持ちを抱いたのだろう、初めて父猿之助に会いに言った日に「私はあなたの父でも何でもない」と激怒されて、逆にそのことが嬉しかったと語られたのを読みそんなことも思いました。
猿翁が逝った今、この作品を見ると三代目猿之助という人そのものの芝居のようで、それを引き継いで来た四代目猿之助がいて、さらに團子がいる。その足跡をなぞるように懸命に演じる姿は、やはり応援せずにはいられません。(笑)
この作品に関わった様々な人の思いが「ヤマトタケル」の舞台に渦巻いて、観ているこちらも熱くなる😢😢團子タケルの宙乗りでは😭😭😭な私でした。