この本は、今年2023年2月24日、四年目の黄犬忌に開催された平野啓一郎さんの講演会「キーンさんの思い出」を聞きに行った会場で購入したのでした。

昨年(2022年)12月に亡くなった母が「どこかで見つけたら、買って来て」と言っていたのが「ドナルド・キーンの東京下町日記」でした。何とか見つけたものの母がこの本を読むことはありませんでしたが、私にとっては思い出深い本となりました。この本を読むまで、キーンさんの生い立ちなどは知らず。後は亡くなられてから出版された「ドナルド・キーンのオペラへようこそ!」を読んだのみ。(笑)

さて、この追悼文集には実に多くの方が、それぞれの立場から文章を寄せていて、無知な私にはドナルド・キーンついてのうってつけの入門書となりました。読みたいもの、行きたい場所がたくさんに増えてしまいました。著作では「百代の過客」、キーンさんと親しかった三島由紀夫の作品「豊穣の海」は読んでないなぁ、オペラではマリア・カラス、柏崎のドナルド・キーン・センター柏崎、山中湖の三島由紀夫文学館、ニューヨークのフリッツ・コレクション、メトロポリタン歌劇場等々。

追悼文の中で印象に残ったのは、やはり三島由紀夫さんとのことを綴ったもの。元三島由紀夫文学館館長の松本徹さんの文章。二人は本当に純粋な親友と言えたのかというアンチテーゼ。コロンビア大学での「偲ぶ会」で語られた、多くの影響と愛を惜しみなく発揮した教師としての姿。また大戦末期に日本軍捕虜にベートーベン「英雄交響曲」を聴かせた話。玉砕した日本兵の日記にも日本人とその文学の原点を見ていたという話などその才能、人柄の魅力は尽きない。

ところで、キーンさんがニューヨークでお気に入りだったという美術館。フリッツ・コレクションを作ったヘンリー・クレイ・フリックの人生は、娘や息子を幼くして亡くし自身もアナーキストに襲われ大けがをするなど悲劇の連続だった。そのことでフリッツはコレクションにスポットライトがあたることを好まず非常にプライベートな雰囲気となったこと、また小さな子どもが描かれたルノワール作品や、成長した自分の娘のようなフェルメール《兵士と笑う女》などその人生の想いがコレクションに影響していたとも言われているそう。(フェルメール全点踏破の旅、集英社新書)

キーンさんも幼少年期を家庭的にはあまり幸せに恵まれず過ごしたとこの本でも複数の人が書いていますが、フリッツの生い立ちにキーンさんは感じるものがあったかもしれない。どのような気持ちでコレクションにする作品を選んだか…。孤独を知りながら文学や人間を見つめるまなざしは強い。

そしてなぜかキーンさんのお母様のことを思った、キーンさんが苦学しながらも日本文学という世界に目覚め最後には、ご自身で本当の幸せを掴み生き切ったことをきっと喜んでいるのだろうなぁと。ドナルド・キーンさん、その偉大さ、誠実さ、ユーモアを忘れない生き方、本当に素晴らしいとやはり思います。