こんばんは、公に義を貫くことを志としています赤磐市議会議員、公義の志 佐々木ゆうじです。
赤磐市の未来を左右する「新拠点整備計画」。
その開発行為を巡り、前市長と事業者の癒着を調べるべく設置された百条委員会(新拠点整備計画調査特別委員会)の実質的な第一回調査が本日行われましたので、皆さまにご報告いたします。
(※今回は時間の関係上、概要・全体的な概念だけにさせて頂き、本日の内容の詳細は後日改めて記事投稿します(現在、鋭意まとめています。こうご期待です!))
(不必要に市政を混乱させ、市民生活への議論を難しくさせている百条委員会。今後も皆さまにご報告して参ります)
今回の焦点は、当時の副市長として内情を誰よりも知る立場にあった、現職の前田市長への参考人招致です。
私はこの審議を傍聴し、市政の闇を暴こうとする委員会の姿勢を注視してきましたが、そこで目にしたのは市政の闇を暴こうとする委員会の姿勢ではなく、「公的機関」としての自覚を疑わざるを得ない、あまりに危うい調査の実態でした。
「証言」という砂上の楼閣 ―― 欠落する「立証主義」
私が今回の調査で最も強い懸念を抱いたのは、委員会が「立証主義」を軽視し、ヒアリング(証言)のみに依存している点です。
本来、市議会(百条委員会)は裁判所や警察署と同様の重みを持つ公的機関であるべきです。
しかし、本日の質疑は「誰がこう言った」「私はそう思った(感じた)」という主観的な話ばかりで、事情を説明する前田市長に、その説明を裏付ける客観的な証拠の提示を求めることはありませんでした。
もし、証言者が勘違いをしていたら?
もし、私怨や意図的な嘘が混じっていたら?
裏付けのない言葉を積み上げたところで、
真実に辿り着けるはずがありません。
証拠に基づかない調査報告は、
赤磐市議会が設置した百条委員会は、
単なる「印象操作」の道具に成り下がるリスクを孕んでいます。
行政制度と「市長職」への無知が招く勘違い
さらに露呈したのは、
一部の委員による行政手続きと市長職(唯一無二の政策決定者)の権限に対する致命的な理解不足です。
今回の委員会では、前市長の出張記録や政策決定プロセスに疑念が向けられましたが、これらは百条委員会の調査権限を明確に逸脱しています。
▲勘違いの構図:
行政には定められた手順と手続きが存在します。しかし、そのプロセスへの理解が 乏しいため、「本来問題のない正当な手続き」であっても、委員が「何か怪しい、不透明だ」と主観で決めつけてしまう場面が散見されました。
本来、市長の出張記録や決定プロセスに疑義があるならば、それは地方自治体に備えられている「監査事務所」が担うべき領域です。制度を正しく理解せず、越権行為を繰り返す調査は、正義ではなく単なる混乱を招くだけではないでしょうか。
「多数決」で真実は作れない
赤磐市議会では過去にも百条委員会が立ち上がっていますが、その報告書の多くは「誰々がこう言った。ゆえに疑念がある」という結びで、議決によって「公式化」されてきました。
しかし、証拠のない証言を多数決で「真実」に仕立て上げる行為は、極めて稚拙であり、市民の信頼に対する背信行為です。
「議決さえあれば、誰かの勘違いや嘘であっても、ターゲットを悪者に仕立て上げることができてしまう」 このような立証主義に反する手法がまかり通るようでは、市政の膿を出すどころか、新たな冤罪や不信感を生むだけではないでしょうか。
結びに:私が求める「正義」の形
私は不正や不法があるならば、徹底的に膿を出すべきだと考えています。
だから百条委員会の存在自体を否定はしません。
しかし、その調査はあくまで「正義・倫理・道徳」を旨とし、確固たる「立証主義」に基づいたものでなければなりません 。
「何となく怪しい」という空気感で人を裁くのではなく、法と証拠に基づいた真摯な調査を私はこれからも、市民の皆さまに代わって、この委員会の行く末を厳しく注視して参ります。
この件につきましては今後におきましても市民皆さまにご報告いたします。
公義の志 佐々木雄司
